: 2026年11月4日 : 對馬拓 Comments: 0

2026年11月4日、My Bloody Valentineが1991年にリリースした2ndアルバム『Loveless』が35周年という節目を迎えた。本作はシューゲイズの金字塔と呼ばれ、そのジャンルの象徴的な作品として、今なお君臨し続けている。

このコラムは、シューゲイズ(あるいはシューゲイザー)を専門的に扱うメディアとして、シューゲイズを知らない、もしくは詳しくないという読者にとって入門となるようなものを目指したい。シンボル的な存在であるMy Bloody Valentineを軸に、シューゲイズの定義や魅力について綴っていく。

*ここ日本ではシューゲイザー(shoegazer)という呼称がよく使用されるが、本稿では海外での一般的な呼称であるシューゲイズ(shoegaze)に統一して記載する。

■ シューゲイズとは何か / MBVの歩み

1980年代末から1990年代前半にかけてUKで登場した “シューゲイズ” というジャンル。その定義を端的に言葉にするのは難しいが、あえて言うならば “多数のエフェクターを駆使した歪んだギター・サウンドと、甘美なメロディやヴォーカルが特徴” というのが一般的な認識だろうか。

演奏中は俯いて足元のエフェクターを操作することから、その様子を揶揄して “shoe(=靴)” を “gaze(=見つめる)” する意味で “shoegaze” という言葉が生まれた、とする説が有力。つまり元々はやや蔑称的なニュアンスが含まれていた言葉なのだ。それがジャンル名として定着し、今日に至る。

シーンの代表格であるバンドは、1984年にアイルランドで結成されたMy Bloody Valentine(以下MBV)。初期の頃は、当時のヴォーカリストであるDavid Conway(デイヴ・コンウェイ / Vo.)が志向するゴス / サイコビリー色の強いサウンドを鳴らしていた(バンド名も彼が命名)。やがて彼は作家活動に専念するため脱退。

後に、オリジナル・メンバーであるKevin Shields(ケヴィン・シールズ / Vo. Gt.)とColm Ó Cíosóig(コルム・オコーサク / Dr.)に加え、Bilinda Butcher(ビリンダ・ブッチャー / Gt. Vo.)とDebbie Googe(デビー・グッギ / Ba.)が新たに参加。現在のラインナップとなり、音楽性もアノラック / ギター・ポップへと変化していった。そして1988年、シングル『You Made Me Realise』と1stアルバム『Isn’t Anything』で覚醒。Dinosaur Jr.やSonic Youthなどのオルタナティヴ・ロックに強く影響を受けた、“シューゲイズ前夜” とも言えるノイジーで官能的な狂気が爆発するサウンドで、MBVのシグネチャーともいえるサウンドを確立した。

Isnʼt Anything(1988)

ホワイトアウトしたメンバーの写真が印象的なアートワーク(なぜかColmは中ジャケのみ登場)。Dinosaur Jr.やSonic Youthに影響を受け、変則チューニングなどを独自に研究した結果、まさにヴィジュアル・イメージを体現するような、ポスト・パンク的な爆発力を孕んだ退廃的かつドラッギーな音像に。

そして1991年には、2ndアルバム『Loveless』をリリース。膨大な制作費をつぎ込み、Kevin Shieldsの理想を具現化したこのアルバムは、全編に渡って美しくも歪んだ轟音とそこに浮かび上がる甘いメロディを聴かせ、強烈なサイケデリアを展開。シューゲイズの定義そのものを決定づけた。近年、その幾重にもレイヤードされたギター・サウンドが実はサンプリングを多用して作られていることが判明するなど、どこまでも奥が深い1枚でもある。今日に到るまで数多くのフォロワーを生み出しながら、誰もその境地にはたどり着けない、孤高のサウンド・メイキングがそこにはあるのだ。次のアルバムが出るまで22年かかったことを考えると、バンド自身がこのアルバムを越えられなくなったとも言えるかもしれない。

Loveless(1991)

この真っ赤なアートワークにより、フェンダーのジャガー / ジャズマスターがシューゲイズのアイコンになったと言っても過言ではないだろう。冒頭を飾り、バンドの代表曲でもある 「Only Shallow」は、イントロのスネアの “タタタタ” というカウントから空間を歪めるようにうねるサウンドが強烈なインパクトを与える(この音も実はサンプラーによるもの)。ちなみに、アートワークの濃淡やバンドのロゴの色味などはリリース年やリマスター盤などにより若干の違いがある。

なお、MBVと同時期の90年代前後に活動していた代表的なシューゲイズ・バンドに、Slowdive、Ride、Chapterhouse(いずれもUK出身)が挙げられる。これらはMBVと合わせてしばしば “四天王” と呼ばれる。

■ シューゲイズの魅力はどこにあるのか(MBVの視点から)

シューゲイズの魅力。それは、やはりMBVにも顕著であるように、歪んだギター・サウンドが第一に挙げられるだろうか。その点で『Loveless』というアルバムは、お手本であり、シンボルであり、金字塔であり、誰にも越えられない “壁” だ。何層にも重ねられ歪められた轟音ギターは、シューゲイズの魅力そのものだと言っていいだろう。

少し個人的な話になるが、私自身がシューゲイズと初めて出会ったのは2014年頃。MBVが22年ぶりのアルバム『m b v』を発表したのは2013年だったが、当時そのことは疎か、シューゲイズという言葉自体を知らなかった。シューゲイズとの邂逅は、『Loveless』を勧められCDを貸してもらい聴いたのが最初だった。ところが、その良さはすぐには理解できなかった。深く歪められた轟音と、その節々で微かに浮かび上がるヴォーカル。それまで聴いてきた音楽とは全く異なるもので、ゆえに私の耳が拒否反応を起こしたのだ。しかし借りたCDというのもあり、どこかに良さを見出そうと繰り返し繰り返し聴き込んだ。すると、いつしか耳にこびりついたあの轟音をとにかく追体験したいという欲求を抑えられなくなっていた。『Loveless』は聴覚から五感全体をも侵食し、体内から揺さぶりをかけてくるアルバムだったのだ。

同時に、私はMBVの音楽に何かとてつもないシンパシーを覚えていた。それは “孤独感” だ。『Loveless』は、そのほとんどがKevin Shieldsただ1人によって作り上げられたアルバムであり、つまり彼のパーソナルな部分が色濃く反映された作品ともいえる。まるで全てを拒絶するように鳴り響く音は、Kevin Shieldsの内に潜む孤独感が表出したかのようにも思えるのだ。元来そういった陰のある作品を好んで聴いていた私は、無意識にそれを感じ取っていたのかもしれない。

しかし、『Loveless』の孤独感はリスナーを突き放すようであり、また包み込むような力をも持っている。重層的なサウンドは、あたかも母親の胎内にいるかのような錯覚を与え、それが一種の安心感/充足感に繋がり、睡眠へと誘うかのような力もあるのだ。孤独感と充足感という、一見相反する要素──その2つが同居することで化学反応を起こし、混沌としながらも確かな “美しさ” や “儚さ” が生まれる。それは『Loveless』の大きな魅力であり、シューゲイズというジャンル全体にも美しさや儚さを感じることができるはずだ。日本人は特にシューゲイズが好きだと言われることもあるが、その理由は日本独自の美的感覚に訴えかけるものがあるからとも思える。

m b v(2013)

深い青のアートワーク──もはや何が写っているのか分からないが、機材のようなものが見えるような見えないような。『Loveless』の “さらに先” のサウンドが終始展開されており、22年間の沈黙は必然だったとさえ思える。改めてバンド(というかKevin Shields)が常人には到達不可能な域に達していることを突きつけた凄まじいアルバム。なお本作以降は過去作のリイシューやライブなど活動自体は断続的に行われているが、新作のリリースは一向にない(『ギター・マガジン 2026年6月号』のインタビューでは、完成に向けた意欲を見せている)。

■ 『Loveless』以降のシューゲイズ

絶対的アルバム『Loveless』のリリース後、程なくしてMBVが長い沈黙期間に突入すると、シューゲイズ・シーンも停滞。ブリット・ポップがチャートを席巻し、OasisやRadioheadが時代の寵児となっていった。それでもオリジナル・シューゲイズの遺伝子を継ぐバンドは次々と生まれ、海を越えたUSでも様々なバンドが登場。ゼロ年代以降はUS勢を筆頭に “ニューゲイザー”(nugaze)と呼ばれる新しいバンドたちが人気を博していった。

今回はあくまで入門的な内容にしたいため、この辺りの詳しい流れは別の機会に紹介することにするが、現在に至るまでシューゲイズは細分化 / 要素化され続けている。それらを一気に俯瞰することはなかなか困難だが、現行シーンにおける優れた作品を今後も定期的にピックアップしていくことで、弊メディアが複雑化するシューゲイズを見つめる視点の一つとして機能すれば幸いだ。

【 参考文献 】
『シューゲイザー・ディスク・ガイド revised edition』シンコーミュージック(2021)
『ブリットポップ・ディスクガイド』シンコーミュージック(2012)
『ギター・マガジン 2021年6月号』リットーミュージック(2021)
『ギター・マガジン 2026年6月号』リットーミュージック(2026)

Author

對馬拓
對馬拓Taku Tsushima
Sleep like a pillow主宰。編集、執筆、DTP、イベント企画、DJなど。ストレンジなシューゲイズが好きです。座右の銘は「果報は寝て待て」。札幌出身。