2021年11月4日、My Bloody Valentineが1991年にリリースした2ndアルバム『Loveless』が30周年を迎えた。これを記念し、弊メディアでは『Loveless』のレビューを公募。お送りいただいた文章を随時掲載していく。様々なリスナーによる「それぞれの『Loveless』」を楽しんでいただきたい。
■ 曖昧さにこそ愛が宿る
2018年、ソニックマニアで彼らが轟かせた爆音。あの夜は、エンジンを吹かしまくる飛行機の近くで約1万人がうっとりしていたみたいなもので、地球上の歴史という大いなる視点から眺めてもおかしな現象だろう。では、こんな一歩間違わなくとも騒音たりうる轟音を耳にして、なぜ我々は癒されるのか。ともすれば救いすら感じてしまうその音からは、なぜこんなにも愛が溢れているのか。
件の来日公演を、私は当時気になっていた相手と一緒に観に行った。お互い初めて彼らのライブを観ることができ、会場で配られた耳栓を外して心ゆくまでその轟音を味わっていた時間は、今振り返っても素敵な体験だった。──閑話休題、何もこんな昔話を恥ずかしげもなくしたかった訳ではない。 今でもはっきり蘇ってくる彼らのライブ、そこで聴いた演奏、音楽を私はこの世で最も「物質」に近い音だと思うのだ。
『Loveless』の邦題は「愛なき世界」である。こんなにも愛情や癒しを感じずにはいられないのに、裏腹にタイトルはかなり殺風景で寂しい。 普段はゆらゆらと漂う歌声や轟音に耳を傾けるばかりだが、この際しっかり歌詞に目を通してみる。するとタイトルとは真逆に、様々な表現で愛が描かれている。しかも、それは儚げで手に入れがたい物として。
「Sometimes」の歌詞は、私が彼らの音楽に対する情感とリンクしているようだった。“Close my eyes / Feel me now”という歌い出しは、五感を通じてあらゆるものを感じ取ることで自身の生を感じる、ということではないかと思う。実際に聴きながら瞳を閉じてみる。視覚以外にも思いのほか人が得られるものは多い。聴こえてくるギターのノイズも、少し肌寒くなってきた夜風も、なんとなく湧いてくる様々な物事への感情も。彼らのライブでは内臓が揺れる、なんて多くの人々が言っていた。彼らの演奏からもたらされるものは音だけじゃない。多くのものを知覚させ、その感覚が私自身を自覚させてくれるのだ。“Turn my head into sound”──そうして、音が私の中に入り込んでくる。頭では私の愛しているものへの感情や思惑がぐるぐると回り、その景色を音楽が彩るかのようだ。「人間は考える葦である」とはフランスの思想家・パスカルの言葉。人間は弱い存在だが、 思考によって「宇宙を包む」ことができる、という意である。マイブラの音楽は、私の感情や考えに不思議と結びつき、無限に広がっているような感覚になるのだ。
結局、歌詞の言わんとすることは曖昧でよく分からない。それでも、“The world turned hearts to love”──世界は愛をもって廻っていると歌われる。 私はこの一節で、ようやく彼らの音楽のどこに愛を感じているのか分かった気がした。きっと、曖昧さにこそ愛が宿るのではないだろうか。
人が何に対して愛情を抱くかは千差万別だ。人でも動物でも、音楽でも絵画でも、なんだって愛の対象たりうる。何が愛なのかとか、自分と他者との関係とか、きっと言葉で定義することも科学が証明することもできない。曖昧だからこそ、何にも代え難いし、常に儚くて美しい。
冒頭で、彼らの音楽はこの世で最も「物質」に近い音だと思う、と述べた。 それは彼らの音楽が音に限らず、自身の生など多くのものを知覚させてくれるからこそ感じたのだと思う。そして音でありながら物質に近しいという「曖昧さ」に、私は愛情というものが持つ曖昧さを重ねてしまったのだ。曖昧さにこそ愛情が宿る。だからこそ彼らの音楽から、私は愛情を感じ取って魅了されている。 彼らの音楽は「愛溢れる世界」なのだ。
(文=やまぴっぴ)
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