Posted on: 2023年12月15日 Posted by: 對馬拓 Comments: 0

文=對馬拓
写真=井上恵美梨

渋谷CLUB QUATTROに続々と流れ込んでくる人々を眺めながら、私は終始、緊張感に支配されていた。2023年12月5日、9年ぶり14枚目のアルバム『HOLLOWGALLOW』リリース・ツアーの最終公演。QUATTROには何度か来たことがあるが、この日は既に“何か”が違っていた。

dipのキャリアは30年以上に渡る。やはり活動歴に比例して筆者よりも上の世代のファンが多いようだが(バンドの変遷を追い続けてきた歴史の証人も当然いるはずだ)、若者の姿も時折見かけて嬉しくなった──と同時に、それはdipの影響力の大きさも物語っていた。何しろ『HOLLOWGALLOW』には、ゲストとしてЯECK(FRICTION)、細海魚、田渕ひさ子(toddle / ex.ナンバーガール)が参加、その3名はライブにも出演するというのだから、誰もが期待に胸を膨らませる。

そうした期待の中、ヤマジカズヒデ、ナガタヤスシ、ナカニシノリユキの3人、そして1人目のゲストである細海魚がステージに現れ、『HOLLOWGALLOW』の冒頭を飾るインスト「krauteater」が鳴らされた──ヤマジのブリッジ・ミュートを利かせたギターのイントロから徐々に熱を帯び、スケールアップしていく。dipの3名が織りなす躍動のアンサンブルに、細海魚によるスペーシーなシンセサイザーのシークエンスが絡む。ヤマジは腕をストレッチしたり、軽快に飛び跳ねたりしている。いよいよだ、さあ準備は万端、と言わんばかりの勢いで、続けてヘヴィーなギターのリフレインがQUATTROを貫いた。「Hasty」だ。人々は思い思いに身体を揺らしたり、拳を突き上げたりする。

ダウナーでありながら艶のあるナンバー「labo」を経て、2人目のゲスト、田渕ひさ子がステージに登場した。もちろん、あのジャズマスターを引っ提げて──「Pink Fluid」のサイケデリックなサウンドスケープは、2本の65年製ジャズマスターと、リズム隊の強かな馬力によって、辺り一面に波及していく。続けて田渕と共に「the place to go」を披露。絶妙な加減で揺らめくトレモロ・ギターと、センチメンタルなギター・ソロに酔いしれる。

この日のハイライトの一つとも言える瞬間は、ヤマジの「シューゲイザーやろうか」という一言から始まった。『HOLLOWGALLOW』屈指のシューゲイズ・ナンバー「for never end」だ。アームを持ちながらストロークする、あの奏法──そうやって生み出されるギターの浮遊感は、My Bloody ValentineやFleeting Joysなどを想起させる。昇天しそうなほどの心地良さ、ユーフォリックな感覚に包まれていく──直球でシューゲイズと呼べる音像が田渕のギターから発せられているという事実は、ナンバーガールでのプレイやサウンドに親しんできた身としては、非常に新鮮で驚きに満ちていた。

細海魚のアコーディオンが良いアクセントを醸す、まるで海底のようなサイケデリアが印象的な「nicked lake」から、仄暗い海中を、光を求めて上昇していくような「perverse」、そのアウトロの残響から雪崩れ込むように「Slan」へ繋がる展開は、秀逸そのものだった。

「self rising flower」と「hollowgallow」では、満を持して3人目のゲスト、ЯECKを迎えて披露された。ビート感の強い、ヒリついたЯECKのギター。キャリアの豊かさ、奥深さが6弦を通して伝わってくるようだ。そこへ、滑らかに刻まれるヤマジのギターが加わる。両者の掛け合いは時に会話のように呼応しながら、スリリングなリフの応酬を繰り広げていく。思わず身を捩らせる。

一方で、ゲストのいない、3人のみで演奏される瞬間にこそ、dipのスリーピース・バンドとしての真価が十二分に発揮されていた。「GARDEN」の直線的なドラムと、分厚く重心の低いベース、そしてサイケデリックに駆け抜けていくギター。無敵のトライアングルだ。

近年のヘヴィー・シューゲイズの潮流とも呼応しそうな「il faut continuer」では、唸りを上げまくる田渕ひさ子のギター・ソロがとにかく冴え渡っていた。グワングワンと身体が揺さぶられる。

そして、本編は『HOLLOWGALLOW』の最終曲でもある「eva」でフィナーレへ向かう。低音域で踊らせるベースに、颯爽と駆け抜けていくドラム。そして、ギターの轟音とサイケデリア──ここでも細海魚のシンセがスペーシーで心地良い浮遊感をもたらしており、まるで「krauteater」と「eva」は対になっているようにも感じられた。ここで終わりじゃない、むしろ始まりに過ぎないと宣言するかのような開放感を残しながら、彼らはステージを後にした。

興奮に満ちた会場の空気と、アンコールを求める熱っぽい拍手。3人は田渕と共に再び現れたかと思えば、いきなりメジャー・デビュー・シングル「冷たいくらいに乾いたら」を披露した。この記念碑的な楽曲が、田渕のギターによってさらなる彩りが加えられていく。さらに、シューゲイズの影響が特に色濃い名盤『love to sleep』より「lust for life」。華麗な指さばきと、四方に弧を描くような独特のストロークで、観る者を魅了する田渕のプレイ、そしてヘヴィーでもあり、ライトでもある、しなやかで自在なヤマジのプレイ──誰にも真似できない、まさにシグネチャーと言える両者のサウンドは、ギターに対する飽くなき探究心がもたらしているものなのだろう。

こうして最後までハイライトはいくつも更新され、辿り着いたダブル・アンコールは、The Doorsのカヴァー「Break on Through」。最後の最後に3人のみ、スリーピースとしての核の部分を改めて示すように、読んで字の如く渾然一体のアンサンブルを叩きつけた。引きちぎるようなヤマジのギターとシャウトが残した、激しくも爽快な余韻──こうして、dipはまた一つの金字塔を打ち立てたのだ。

dip HOLLOWGALLOW RELEASE TOUR – LABO 20
2023/12/05
CLUB QUATTRO

01. krauteater
02. Hasty
03. labo
04. Pink Fluid
05. the place to go
06. traffic
07. for never end
08. nicked lake
09. perverse
10. slan
11. self rising flower
12. hollowgallow
13. Garden
14. Delay
15. Slower
16. il faut continuer
17. eva
18. 冷たいくらいに乾いたら
19. lust for life
20. Break on Through (The Doors cover)

■ Release

dip – HOLLOWGALLOW

□ レーベル:DAIZAWA RECORDS / UK.PROJECT
□ 仕様:CD / Digital
□ リリース:2023/12/13

□ トラックリスト:
01. kauteater
02. labo
03. self rising flower
04. for never end
05. hollowgallow
06. perverse
07. nicked lake
08. the place to go
09. slan
10. il faut continuer
11. traffic
12. eva

*配信リンク:
https://dip.lnk.to/HOLLOWGALLOW

Author

對馬拓
對馬拓Taku Tsushima
Sleep like a pillow主宰。編集、執筆、DTP、イベント企画、DJなど。ストレンジなシューゲイズが好きです。座右の銘は「果報は寝て待て」。札幌出身。