Posted on: 2023年10月31日 Posted by: 鈴木レイヤ Comments: 0

文=鈴木レイヤ
編集=對馬拓
写真提供=Yuta Kato

あの頃、シューゲイズのリバイバルというものが起こり、My Bloody ValentineやRideをはじめ、数々のバンドが再結成をした。Slowdiveも同じジャンルに括られ、一時代を築いたバンドの一つで、リバイバルの到来と共に2010年代に再結成した。だが、彼らを“轟音”という一つの言葉で説明できたのはおそらく、90年代前半という短い期間においてのみの話だったように思う。

My Bloody Valentineは『Loveless』以降沈黙を守り、他のバンドは各々の道を辿った。時に彼らの初期以外の作品は蛇足といった扱いをされることもあったが、“シューゲイズ”という言葉が消えた時代こそが、彼らの個性というべきものが表出した時代だった。

再結成というタイミングで再び脚光を浴びるようになった当時のレジェンドたちの現在地は三者三様だった。My Bloody Valentineだけは発端というだけあって、好むと好まざるとに関わらず、彼らの在り方がシューゲイズを決定づけているのだと思わせるような音を鳴らしていた。一方で、Rideは兼ねてよりトレードマークであったキャッチーで青いメロディに磨きをかけ、再結成後はイギリスのロック・バンドの先頭集団で走っている。

多数のバンドが再結成し、新たなバンドも多く現れたなか、Slowdiveの再結成とセルフ・タイトルの新しいアルバムは一際シューゲイズらしかった。このバンドの如何にシューゲイズであるかは、この日のライブでも幾度となく痛感させられるものだった。

フジロックのセットは『Slowdive』のオープニング・トラックである「Slomo」から始まった。青紫の光の中で、あのイントロがゆっくりと展開していく時、このバンドがやはり正伝の主人公なんだな、と私は再確認することとなった。ニール・ハルステッドとクリス・セイヴィル、シンメトリーな二人のギターによって、音の塊がステージからフロアへとゆっくり引きずり出され、浮遊していく。この、音が爆発し切らずに中空を重量感たっぷりに漂い続けるのがこのバンドの魅力だ。「Slomo」を聞くと「あぁ帰ってきたな」ないしは「また始まっていくんだな」という、『Slowdive』リリース当時の感動が思い出される。このようにして、SlowdiveはSlowdiveのまま再び動き出したのだ。そして今も、SlowdiveはSlowdiveのままである。

セットは「Slomo」から、もっとも古いアルバム『Just For A Day』の代表曲「Catch The Breeze」へと続いていく。ベスト盤のタイトルにもなった名曲が響く中、暮れ切ったレッドマーキーの屋根の下、観客には日本国内外からの若者の姿が目立っていた。その数は、MBVやRideの再結成後のライブなどと比べても明らかに多い。もちろん当時からのファンらしい観客も静かにステージを見守っていた。その全員が最後のノイズ・パートで一斉に歓声を上げる。轟音の渦に飲み込まれるように、ストロボの点滅に消えてしまいそうになるように、皆が大きく口を開けて全身に音を浴びていた。

続いて『Slowdive』から疾走感あふれる最初のシングルカット「Star Roving」の演奏を経て、3rd『Pygmalion』の「Crazy For You」が演奏される。印象的なリフが鳴り始めると歓声が上がり、音源よりも主張の強いベースが追従していく。バンドは『Pygmalion』を最後に解散し、Mojave 3やMonster Movieといった各々のプロジェクトに分裂していった。つまり『Pygmalion』が再結成までの最後の作品だったわけであるが、Sigur Rósをはじめとするポスト・ロックの隆盛と共に後年改めて評価された作品だったとも言える。「Crazy」はアルバムの中でもポップで、一曲だけ毛色が異なっている。だが同時に、次に演奏される「Souvlaki Space Station」や、『Souvlaki』期の『5 EP』の楽曲「Good Day Sunshine」などで見られたバンドの空間的かつミニマルなアプローチの軌跡の帰結として見れば、『Pygmalion』を代表するのに相応しい曲でもある。

個人的な意見ではあるが、解散後はMojave 3にSlowdiveの“曲”が、Monster MovieにSlowdiveの“音”が、それぞれに分かれて行った、というざっくりとした印象がある。メンバーそれぞれが持ち合わせていたパーツの数々が再び重なり合った時、Slowdiveの持っていた唯一無二の声が以前にも増して明確化した。このバンドにはシューゲイズというジャンル――こちらはMy Bloody Valentineが否応なしに定義してしまうシューゲイズではなく、シーンにあったバンドたちが形成していた空気感という意味でのシューゲイズの精神が色濃く存在していたように思う。

6曲目に演奏された「Sugar For The Pill」の演奏は、まさにそのメンバー5人の個性を結集したような空間であった。前段落で触れた、シーンが形成したシューゲイズの精神性というものがありありと感じられる演奏だ。この曲には派手な轟音のパートがない。ただこのバンドこそがシューゲイズそのものだったのではないかと思わされるような突風がアンプから正確に吹き付けていた。それはリズムであり、メロディであり揺れながら入れ替わる佇まいである。

面白いもので、御三家と言われたバンドたちがいなくなった後に登場し、トレンドにはならずともジャンルのファンを唸らせてきた数々のバンドたちにも、必ずそのSlowdiveの風が吹いている。あれほど音楽性が異なるA Place To Bury Strangersにも、先ほど触れたSigur Rósにも、ブラックゲイズを代表するフランスのAlcestまで。どこまで再解釈されてもSlowdiveの風というべき一定の空気感が存在しているのだ。

さらに時代が進み、明らかなリバイバルが訪れると、DIIVやBeach House、Deafheaven、Deerhunterなど、いわゆるシューゲイズという枠を外れ、広く知られるようなバンドが登場した。彼らはシューゲイズやドリームポップといった枠を飛び出し、大げさに言うとバンド=ジャンルと言えるようなサウンドを築き、それぞれが数々のフォロワーを生んだ。彼らの音楽を聴いてもSlowdiveが持っていたバランス感がベースに薄く、だが明確に存在している。

再結成したSlowdiveはそこから歩き始めたのだ、と今回の演奏を観て痛感した。まるでこれまで自分たちがやっていたことの続きをやるように、新しいバンドたちが作った全く新しい現在の音楽から、Slowdiveは物語の続きを歩み始めた。『Slowdive』がリリースされた際に印象的だったのは、レイチェルが何かのインタビューで「逆に彼らから受けた影響がとても大きい」としてBeach Houseの名前を挙げていたことだ。実際『Slowdive』ではBeach Houseを手がけたChris Coadyがミックスを担当している。

こういった影響は、きっとアルバムの制作だけにとどまらずライブ演奏にも及んでいたはずだ。往年の名曲「Alison」は前作『Slowdive』リリース時のツアーの際よりテンポがアップし、コーラス・パートのクリスのギターも、うねりのようなサイケデリアから、現在のドリームポップ的に再解釈された鋭利なサウンドに変わっていた。リズム感も音源とは大きく異なっており、おそらくは『Slowdive』リリース時の演奏とも異なっていた。

「Alison」に続いて、新作からのシングルカットである「Kisses」が演奏された。改めてSlowdiveの現在形を突きつけた今回のライブだが、その終盤で新曲を演奏するというセットの構成に思わず嬉しくなってしまう。やはり、再結成したシューゲイズ・バンドたちのライブを観て毎度思うのが、彼らは今のバンドであるという一点だ。だが、他のバンド以上に、Slowdiveの音楽からは若者たちが現在進行形で築いているジャンルと同列のものが感じられる。客層や歓声の高さも私が受けたその印象にバイアスをかけているのは間違いないが、それを抜きにしても同列で歩いているのだ。1stが酷評され、2ndは40曲書いた末に没にされるという経験をし、3rdを出したらレーベルからドロップされ解散、そんな話ばかり聞いてきた私は、当時のバンドの並びだと一番と言って良いほどのレベルで評価され、幅広い層に愛されている今のSlowdiveを見て本当に嬉しくなる。というか、俺らの世代が誇らしいぜ、時代がSlowdiveに追いついたとかではなく、俺らが未来で待っとったんやで、という思想すらはみ出てくる有様だ。

だが、新曲を聴いてると、アレンジは今風である一方で、曲そのものはとにかくニールの手癖なりであることに耳が喜ぶのも不思議だ。誰かの影響にオープンであることで進化する一方で、どこまでもSlowdiveのままであるものもある。このバンドはこれからもずっと続いていくのだろう。Slowdiveのライブというと、私はまず最初に2014年再結成時のツアー、Best Kept Secretの「Golden Hair」のファンショット映像を思い浮かべる。高校生の時にSlowdiveにはまって(地元のTSUTAYAには一枚もなかった)、YouTubeを観漁っていたら出てきた映像。「このバンド今もやっているのか!」と興奮気味に再生し、「Syd Barretじゃん!!」ってなった記憶がある。映像のハイライトはサムネイルにもなっている、観客席で肩車された青い髪の若い女性だ。彼女が号泣してるのが終始ちらちらと映る。何? ライブで泣くの? そんな良いんだ、観てみたいなって気持ちだったが、今となってはライブで泣くのも理解できるし、「Golden Hair」の最後に待ってるカタルシスが否応なしにそういった感情を起こさせるのも100パーセント理解できる。今日のライブも「Golden Hair」で幕が下ろされた。私にとって3度目の「Golden Hair」は、安心感と、喜びと希望の入り混じったノイズだった。大きな音、歌、そして観客の盛り上がりまで、正直言って完璧なライブだった。Slowdiveのライブにはここでしか満たせない感情が鳴り響いている。今後も何度もこのバンドをライブで観て、そのたびに思い出を作っていきたい、と思った。

Slowdive – Fuji Rock Festival 2023
2023/07/29
RED MARQUEE

1. Slomo
2. Catch The Breeze
3. Star Roving
4. Crazy For You
5. Souvlaki Space Station
6. Sugar for the Pill
7. Alison
8. When the Sun Hits
9. kisses
10. Golden Hair (Syd Barrett)

Author

鈴木レイヤ
鈴木レイヤReiya Suzuki
愛媛県新居浜市大生院出身、タイ王国国立カセサート大学卒業。小説家。主に若者の鮮やかな夢について、魂のこもった熱い人間とその作品について書いています。東京ヤクルトスワローズのファン。