Posted on: 2021年8月11日 Posted by: 鴉鷺 Comments: 0

文=鴉鷺 
編集=對馬拓 

シューゲイザーは、My Bloody Valentine『Loveless』を起点とする勃興以降、各国への受容の拡散や変性と実験を経て様々な形に変化/進化し続けてきた。その中でも優れて実験的で、なおかつそれを成功させ、シューゲイザーという音楽の本質の一つである陶酔や幻想世界の描出、そして聴者の目の前の風景を変えるような幻想としての音楽を創作し続けるLovesliescrushingについての雑感を、主要作品についてのレビューを綴りつつ述べていきたい。

1. アンビエント・シューゲイザーの黎明

Bloweyelashwish(1993)

Label – Projekt Records
Release – 1993/07/07

Discogsで把握出来る範囲でのScott Cortezのキャリアの始まりを告げるアルバムであり、アンビエント・ドローン的な感覚を持ったシューゲイザーを展開する長い実験の始まりでもある記念碑的作品。

現時点での最新作まで一貫しているのは、アンビエントやドローンの影響と声楽の参照だろう。今作はその後の作品と比較すると荒々しいギター・ノイズが目立ち、ポップ・ミュージックを経由したグレゴリオ聖歌のような美しい単旋律との対比を成していて、微かに聴き取れる言葉はその不明瞭さからマントラのように響き、音楽の神秘的な雰囲気に貢献している。恐らく特に実験的な時期にあり、その後の作品ではアルバムを通してほぼ一貫したトーンのギターが用いられるが、今作では楽曲によってエフェクトを使い分けていて、所謂シューゲイザー的な輪郭が強いサウンドも聴き取れ、その点も個人的に楽しく聴ける。bandcampの説明文によると12弦ギターを採用しているらしく、響きの豊かさはそこから来る部分もあるらしい。

恐らく、今作と次作のコンセプトには「自己と聴者の傷の治療」という側面があると思われる。前述した声楽の参照は、推測の域を出ないが強い信仰に根差したもの、というよりゴシック・カルチャーでの十字架の用法のような聖なるものへの憧憬と、ある種の自己と聴者の傷の治療という理由、そして述べるまでもなくScott Cortez及びメンバーの審美眼という側面があるのだろう。恐らく、例えば本作の「Darkglassdolleyes」や次作『Xuvetyn』収録の「Bones of Angels」のようなゴシックな感性を前景に押し出している楽曲を聴くと、ゴシック・カルチャーが根底に持つ傷の表出としての表現とそれ以降、つまりその修復のためのシューゲイザーという側面が伺え、その点に声楽に近いヴォーカルが強く働きかけている。Scott Cortezが持ち込んだ要素なのか、もしくはヴォーカリストの元々持っていたスタイルなのか知る術はないが、治療という側面を持つ音楽を創作するに当たって、過去の音楽体験から声楽が選び取られたのではないだろうか。付け加えると、定型的な楽曲構成や歌詞というロジカルな要素から逸脱している所も、聴いている際の安息感に影響しているだろう。

シューゲイザー史という観点から見ても、Scott Cortezのその後の活動における反映、つまりギター・ノイズの実験として見ても重要な作品だろう。恐らくLovesliescrushingでの実験がなければ、Astrobriteの名作『whitenoisesuperstar』でのドローン的な感覚を持った強烈なギター・ノイズは存在しなかったのだ。

2. 安息とゴシック以降

Xuvetyn(1996)

Label – Projekt Records
Release – 1996/11/08

ギター・ノイズの実験的手法とヴォーカリゼーションの折衷を試み、声楽やアンビエント・ドローンを内包した新しいシューゲイザーの手法を確立した彼らは、2ndアルバムである今作で音楽性の洗練に向かった。ディストーションを掛けた形跡が聴き取れた前作と比較すると、今作のギターはほとんどホワイトノイズが含まれておらず、機材の推測が困難なほど独創的なサウンドが確立されている。そして楽曲タイトルに採られているマンドラゴラや天使の骨などのモチーフを見ると、前述したゴシック、そしてそれ以降の治癒的側面は健在で、むしろ純化された印象を受ける。これも推測になるが、Astrobriteの『whitenoisesuperstar』での粒子が細かい強烈なギターの轟音は今作の手法が大きく反映されているのではないだろうか。

前作の幻想性とシューゲイザー固有の空間性や浮遊感は主にヴォーカルに支えられていたが、今作では前述したギター・ノイズが重要な役割を果たしている。ヴォーカルの声楽に近い感覚が定義していた空間構築が、アンビエント・ドローン的な傾向を増したギター・ノイズに比重を移したという点と、グレゴリオ聖歌のような単旋律からヴォーカルの多重録音が用いられ始めたことが大きいだろう。Lovesliescrushingのパブリック・イメージである幻想的なギター・ノイズと声楽のように重なり合うヴォーカル、幻想的な別世界の描出や作品を貫く耽美性は、この時期に確立されたと言える。そしてゴシック性を孕んだ作品は今作が最後となる。

3. シューゲイザー以降のアンビエント

Voirshn(2002)

Label – Projekt Records
Release – 2002/06/15

『Xuvetyn』でギター・ノイズの実験の先鋭化とそれ以降の洗練を達成した彼らは今作でも実験的手法を推し進め、ホワイトノイズの消滅したシューゲイザー、つまりアンビエント的な楽曲が目立ち始める。極端にエフェクトが掛けられたギターが空間構築の軸であり装飾に近い役割を持ちつつ、声楽を参照したヴォーカルが主軸を成し始める。

サウンド及びコンセプトの宗教性が強まり始めた点にも着目したい。間奏曲のような「Teguei」と「Ronea」で聴けるギター・ドローンの単旋律は、恐らくEliane Radigueの神智学的なドローン作品群を参照しているのではないだろうか。ノイズを前面に押し出す楽曲が減ったことでロック・ミュージックとしてのシューゲイザーから置かれた距離や、ヴォーカルの先鋭化から読みとれるのは彼らの宗教、つまり初期から参照しているキリスト教への接近ではないだろうか。前述したEliane Radigueのような、(それが音楽の全てでは無いが)宗教思想の表現としての音楽という要素が部分的にあるのでは、と推測している。

その後、彼らはレーベルをゴシックな傾向の強いProjektから、シューゲイザーを専門とするAutomatic Entertainmentと実験音楽の名門であるLINEに移す。

4. ノイズからの離脱と実験

Chorus(2007)

Label – LINE
Release – 2007/09/29

Reissue – 2010/03/01

今作ではScott Cortezによるギター・ノイズを用いず、ヴォーカルの多重録音と加工という手法が採られており、そのためか1stと2ndに感じたロックとしてのシューゲイザーの要素がほぼ全て撤廃されており、LINEから追加トラックを収録して再発された事実にも頷ける作風が展開されている。

シューゲイザーの枠組みとは明らかに違う、実験音楽の文脈のドローン感覚を強調する電子音と、高度化したヴォーカルの多重録音が埋めつくす音響空間は、自ら構築したゴシックの箱庭で美に耽溺する1stと2ndから、開けた風景が見えるエクスペリメンタルなサウンドに進化しており、(LINEからリリースされているので承知とは思われるが)アンビエントやドローン、およびエクスペリメンタル・ミュージックのリスナーにも愛される作風だろう。今作での実験は一作に限ったものらしく、次作では2ndに近いサウンドと定型的な作曲に回帰している。

5. 単独名義での最新作

Shiny Tiny Star(2012)

Label – Handmade Birds / Wavertone
Release – 2012/04/04

『Voirshn』以降の宗教性を反映させつつ、ギターを再び採用し『Xuvetyn』の時期に近い音楽性に回帰した今作が現時点での単独での最新アルバムとなる(その後はFiorella 16とのスプリットを2020年に発表)。

「Shiny Tiny Star」「Gloxina」「Overdose」などの楽曲で初期に近いサウンドを展開しつつ、「Lumina Real」でシタールとタブラ、若しくはそのためのエフェクトを採用してラーガを取り入れている所を見ると、今までの音楽性の変化のように単純な再現や反復に留まらず、実験を推し進める優れたバンドに見られる姿勢が受け取れる。ラーガの導入の背景にEliane Radigueのインド仏教思想を見て取るのは考え過ぎだろうか。

言葉こそ聴き取れないが、最終曲「Overdose」のタイトルが示唆する破滅性と楽曲の終末感は、Astrobriteにおけるアナーキーな心性や、『whitenoisesuperstar』での強烈なギター・ノイズのように激情の違う形での発露が伺えるのではないか。一貫してLovesliescrushingの音楽に強いエモーションとゴシック性とそれ以降の心性、神聖さへの憧憬や希求を感じるのは筆者だけではないだろう。

6. 終わりに

ざっくりと『Bloweyelushwish』から『Shiny Tiny Star』までのレビューと雑感を述べた上で個人的に一貫していると感じたのは、ゴシック以降の音楽の探求、つまりそこから来る神聖さへの希求、シューゲイザーの定型の脱構築としてのアンビエント・ドローン、Astrobriteのサウンドにも感じる激情を抱えたアナーキーな心性、ヴォーカルの影響から来るゴスな少女性、Bandcampのタグに「Bliss」とある通り、優れたシューゲイザーやドリームポップが抱える至福の感覚、つまり感情の極点への志向、そして絶えない実験精神などだろうか。

Lovesliescrushing(Scott Cortez / Melissa Arpin-Duimstra)

近年も、既に述べたFiorella 16とのスプリットがリリースされていて、Astrobrite名義での新作こそないものの、STAR名義では傑作と言えるアルバムを発表しており、勝手にLovesliescrushingの単独での新作も期待出来るのでは、と思っている。スプリットも名作であり、新作も間違いないと思われるので期待して待ち続けたい。

Author

鴉鷺
鴉鷺Aro
大阪を拠点に活動する音楽ライター/歌人/レーベル主宰者。Sleep like a pillowでの執筆や海外アーティストへのインタビューの他、遠泳音楽(=Angelic Post-Shoegaze)レーベル「Siren for Charlotte」を共同オーナーとして運営し、主宰を務める短歌同人「天蓋短歌会」、詩歌同人「偽ドキドキ文芸部」にて活動している。好きなアニメはserial experiments lain、映画監督はタル・ベーラ。