Have a Nice Lifeについての考察/燃え尽きる星々、黒い光、原始の歓喜

Column

text by aro

0. 遭遇体験

ブラックゲイズとの遭遇はまだ記憶に新しい。Alcestの傑作1stアルバム『Souvenirs D’Un Autre Monde』のリリース直後にYoutubeでのいわゆるバズが起き、その潮流が生まれているとは知らない僕の耳にも偶然届くことになったのだ。彼らの音楽を一聴して気に入り、周辺の探索、つまりBandcamp、Lastfm、Discogsでのディグを続ける中で、強烈な異物に遭遇した。 Have a Nice Lifeの2ndアルバム『Deathconsciousness』である。

Have a Nice Life『Deathconsciousness』ジャケット

Alcestのようなホーリーな感覚やある種のユートピア思想が見られない上に、明らかにポストパンクの影響を受けていて、メタルの先端の一つであるブラックゲイズから見ても異端的に聴こえるこの音楽に強烈に惹かれたことを記憶している。この一連の文章では、その優れた音楽性とそこから垣間見える異端的な思想について綴っていきたい。

1. 音楽性とその変化

メンバー全員の音楽的嗜好であり、恐らく音楽的なリファレンスとしてMy Bloody Valentine、Joy Division、New Order、Earth、Sunn O)))、Xasthur、Lurker of Chalice、Nine Inch Nails、Swans、Sisters of Mercy、Kraftwarkなどがネット上の各所に挙げられている。言うまでもなく彼らの音楽性の中核にはシューゲイザー、ゴス系統のポストパンク、デプレッシヴ・ブラックメタルがあり、それは作品を聴けば明らかだろう。

初期の音源、例えば『Deathconsciousness』ではある種の透明感を持ち、幻想的で比較的ポストパンクに近いシューゲイザー的なサウンドを展開しつつ、時には燃え尽き、時には闇の中を泳ぐ星々を歌い、隠喩を交えた黙示録的で繊細な詞世界を提示していたが、最新作『Sea of Worry』ではよりダーティーでデプレッシヴ・ブラックメタルに接近した、つまりはサタニックな頽廃の極地とも言えるサウンドが展開されている。ゴシックなポストパンクの影響の深化、その反キリスト教性やデカダンな姿勢、ゴシック・カルチャーの実存主義的な要素、つまり孤独や傷などの主題の継承とも言えるだろう。歌詞を見ても前述した地獄を賛美するポエトリーリーディングが聴こえ、ある種の宗教思想の深化が伺える。

他の音楽の影響について述べると、例えば『Deathconsciousness』に収録されている「Hunter」で聴くことができるドラムマシンのビートは、テクノポップの先駆者であるKraftwarkのゴシックな腐食とも言えるし、Nine Inch Nailsなどのインダストリアル・ロックにおける退廃的なビートをシューゲイザーの文脈で再解釈した、とも言えるだろう。

多種多様な影響と参照をパスティーシュの否定を経た上で一つの音楽としてまとめ上げる行為、つまりシューゲイザーの発端であるMy Bloody Valentine『Loveless』で行った高度な統合をHave a Nice Lifeも行っている。それは恐らく優れた革新的なバンドの条件なのだ。 

2. 地獄への賛歌としてのブラックゲイズ、涜神、黒い光

Alcestを開祖とするブラックゲイズの大きな主題、言い方を変えればそれ以降の潮流の白魔術的な治療としての音楽、ブラックメタルの自浄、特定の宗教に寄らないある種の聖性などが挙げられるが、Have a Nice Lifeの音楽はゴス系統、つまり反キリスト教的なポストパンクとそれが抱えるデカダン、前述した孤独や傷などのゴシック・カルチャーが抱える実存主義的な主題、そして涜神行為という側面を持った音楽としてのブラックメタルの影響が強く顕れている。

例えば『Sea of Worry』の最後の楽曲である「Destinos」では、“地獄は私達が向かう所であり、無限に提供されるビールを飲むパーティーの会場であり、私達自身を楽しむ場所だ”、そして“私は単に神を否定する世界観ではなく、無神論的世界観や、真理と現実、聖書を否定する世界観について述べているのだ”という独白のための歌詞を綴っている。そこから伺えるのは、Alcestのある種の聖性に向かう心性や、Holy Fawnの白魔術的な治療的側面を持った音楽と相反するような、地獄への賛意と敵対者としての神についての認識だ。

先鋭的なメタルにおける近年の潮流である有神論的で神を肯定する世界観(必ずしも代表的な宗教の話ではない)、例えばLiturgyのフロントマンがクリスチャンであるという事実や、Alcestなどのある種の聖性を主題として掲げるブラックゲイズの主流に反して、彼らが向かうのは祝祭の場としての地獄であり、キリスト教のヘゲモニー(=覇権)が存在しない楽園であり、星々が燃え尽きた神の居ない天だ。彼らの歌詞のモチーフとして頻出する、時には燃え尽き、時には闇の中を泳ぐ星は、キリスト教的な聖性の不在の隠喩として読めるというのは言い過ぎだろうか。

矛盾しているように読めるかもしれないが、Joy Divisionの傑作でありHave a Nice Lifeの音楽上の重要なリファレンスである『Closer』を聴くことや、バタイユ『ジル・ド・レ論 悪の論理』を読むことで、彼らの音楽に反キリスト教的な要素を見出せる。

バタイユ『ジル・ド・レ論 悪の論理』表紙

特に、『ジル・ド・レ論 悪の論理』の“(犯罪の)告白は崇高な、そしてただならぬ光りを浴びる、そして“神の存在、あるいは悪魔の存在はひとつの目的しか有しないのである。(中略)すなわち昼の、そして夜のこの世のものとも思えぬ歓喜なのである”という一節のように、反キリスト的な行為、つまり涜神行為を徹底するある種の聖性、反転であり対極としての聖なるものが宿ると言えるのだ。それと同時に、サタニズムを掲げる彼らの音楽の暗い祝宴のような要素は、そもそもその始原が目的として抱える歓喜と言えるだろう。聖性の反転である黒い光は、彼らの反キリスト教的な思想の根幹であり、音楽を魅力的なものにしている一要因であり、ブラックゲイズの極北足らしめている理由でもある。

それと同時に、Have a Nice Lifeの音楽は古典的なメタルに見られるマチズモを一切欠いている。それは、身体性のある種の欠落という意味ではシューゲイザーの影響とも言えるが、心性に着目するとそれだけでは語れないことが分かる。つまり、概ね全てのブラックゲイズが抱える、種村季弘『悪魔礼拝』で綴られたような現代の強権的な社会や一部の保守的なブラックメタルが抱える男性的な原理と、それが行使された結果である秩序に対する強い反発があり、それへのアンチテーゼとしてある種の女性的とも言える心性を獲得したのだ。そもそも前述した種村季弘の論考で綴られているように、エリファス・レヴィが描いたバフォメットを挙げるまでもなくサタンは両性具有的と言えるだろう。

種村季弘『悪魔礼拝』表紙

そして、強権的な社会は逆説的にサタニズムを育む土壌であり、特定の要素に音楽を還元するのは問題ではあるが、キリスト教のヘゲモニーへの反発を、デスメタルからの進化の一因として持つブラックメタルの影響を受けている彼らの音楽の背景を語るに当たって避けては通れない要素とも言える。その秩序やモラルへの反発を象徴する要素として、彼らが初期に用いていた墓場の中で座り込むアーティスト写真が思い浮かぶ。彼らは暴力的な手法では無く、モラルの侵犯や非暴力的な心性を持って既存の秩序に反発しているのだ。 

3. キリスト教の覇権への反発と音楽的洗練

初期ブラックメタルの思想的側面として、発端である北欧、そしてヨーロッパやアメリカを含めたキリスト教社会、つまり倫理の上でキリスト教の強い影響を受けた共同体への強い反発がある。

例えば、Burzumはキリスト教以前の土着的信仰である神話とそれに伴う民族主義に向かい、Darkthroneは直截的なサタニズムを武装としてインナーサークルを筆頭とした自分達の共同体とキリスト教との闘争を表現し、政治思想を公的には表明しないMayhemはキリスト教的な倫理、つまり霊魂やそれに対する敬意、すなわち死についての観念に対する攻撃として、『Death Crush』での即物的なサウンドや『De Mysteriis Dom Sathanas』での攻撃的で過剰なサウンドと死を主題に据えたリリックを生み出した。

Have a Nice Lifeもブラックゲイズとして例外なく彼らの系譜に位置するが、初期ブラックメタルの露骨な攻撃性や即物性、民族主義、二元論的闘争などの思想と音楽上の問題を回避した上で一部を切断し、死へのオブセッションとリリシズム、ポエジーや音楽的洗練を持ちつつ、その反体制性と反キリスト教性の核心を保持して継承発展させている。

ディスコグラフィーを通底しているのは『Loveless』以降の流儀である、リアリズムを一切欠いた幻想としての音楽、つまり現実にある種の亀裂を入れるという行為と、初期ブラックメタルの一部の要素への問題意識を伴った継承と飛躍、つまり直截的な攻撃や反動という動き、暴力性などを廃したリリカルな詞世界や多様なリファレンスを持つと同時にリアリズムやヘイトでの減衰を伴わない豊かな音楽性と、涜神行為としての音楽という偉大なアイデアの継承だろう。先鋭的な意識を持ってブラックメタルを継承した結果であり、現在のメタルの先鋭のある潮流、つまりオールドスクールなメタルからの飛躍のためであり、作家個人の審美眼の表れでもある宗教思想と美学の問い直しと各々の再定義の渦中にいるとも言え、その中で彼らが生み出した音楽は偉大な功績と言える。政治的な要素を持った音楽ではないが、前述した涜神行為と地獄への賛歌としての音楽という意味でアナーキーな磁場を形成しているのだ。

Have a Nice Life

追記すると、メンバーであるDan Barrettのソロプロジェクト名義「Giles Corey」の由来は、悪名高い魔女狩りの中でも有名なセイラム魔女裁判で不当に告発された男性の名前から取られている。沈鬱な音楽から伺える通り、そこにあるのは鎮魂と追悼、そしてプロテストとしての反キリスト教的な心性だろう。 

4. 終わりに

ブラックゲイズの主流に反した反聖性としての光を抱えた音楽であり、キリスト教の覇権へ の沈鬱な反意の表明であり、異端のシューゲイザーとしてそびえるHave a Nice Lifeの音楽は 、近年の古典的な態度に対する問い直しを経た先鋭的なメタルと並べて評 価されるべき音楽であり、ブラックゲイズ・シーンの美しい異物として今後も聴かれ続けるだろう。彼らのディスコグラフィーは不朽のマスターピースと言えるのだ。


参考文献 :

種村季弘『悪魔礼拝』 
バタイユ『ジル・ド・レ論 悪の論理』

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