Posted on: 2023年12月25日 Posted by: 對馬拓 Comments: 0

■ 同じ時間軸を生きてる人たちにとってのファクター

──1st EPと2nd EPそれぞれに明確なコンセプトがあって、3rd EPも既に構想があると聞いたんですが、それぞれの構想自体はどう生まれたんでしょうか?

フジ 僕が(その構想を)言っちゃったことによってみんなを縛ってる。笑

ミチロウ 大変縛られてますね。

フジ まず大前提として、 今の時代に6曲入りで出すと、確かApple Musicが強制的にEPって表示するんですよね。だから本当はミニアルバムでもいいのに、EPになっちゃう。で、EPという単位には“その時までに出来た曲の寄せ集め”みたいな印象がどうしてもあるので、強固な一貫性とかコンセプトがないと舐められると思ったんですよね。あと作詞も大体が共作なので、ガイドみたいなものがないと正解を見つけづらいのもあって。まず1stは作詞しながら“水の循環”っていうテーマが見えてきたので、それに沿って作って。2ndは陸というか“地上”っていう。感覚的に1stは堂々巡りで、形状が変わって魂も曖昧になって、ずっとぐるぐる回ってる感じ。2ndはそこからぽろって出ちゃったエラーみたいな存在の話で、僕は人間を全く想定してないんですけど。その存在が1stよりも前の記憶を思い出すために地上を進んでいって、最終的には空に何か答えがあると気づいて、「空に向かわなきゃいけない」って思う、みたいなストーリーです。

──それで3rd EPは空へ向かっていくわけですね。

フジ あと、やたら歌詞に“月”が出てくるんですけど、月は僕の個人史的にも”大きい縛り”みたいな感じです。それこそ「Walkalone」は“月は壊れたまま”ってフレーズが入ってる。月は海とも干渉しますし。満潮・干潮とか。あとは「Hyperblue」の歌詞に“フラクタル”(=自己相似性、人工物でない自然のものに繰り返しの構造がある)が出てくるんですけど、そこはかなり意識的です。「Alba」もそういう積み重ねっていうか。相似形を小さい順に大きく並べてくと、法則上、螺旋になるみたいな。

参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/対数螺旋#/media/ファイル:Polygon_spiral.svg

ミチロウ 僕としては、曲を作る時、私小説的な始まりが多いんですよね。でも聴いてる人はそれを感じ取る必要はないと思ってます。メンバーもそうなんだけど。大きく言うと、意味を限定したくないんですよ。だから俺が「この曲は青だ」と思っても、みんなは青じゃなくて全然いいと思うし。絞ってほしくない。もちろん、特に2ndはフジが考えてることが柱になってたし、1stも水のエレメントみたいなものを僕もイメージしてたから、そこは一致してたけど。

フジ そこは自然だった。

ミチロウ やけに海に行ってた時期があったので、(1stは)海のことを考えながら曲を作ってたし、そこはフジとの共通項としてあるんですけど。でも僕は、音楽が同じ時間軸を生きてる人たちにとってのファクターであってほしくて。正解はなんでも良いんです。なぜなら、言葉とか物語とか意味よりも、音楽の方が速いので。音楽ってポップな暴力だと思うんです。人の心を掴んで、感覚を支配して、あの時聴いた、あの曲のあの部分が、ずっと頭の中に残ってて。非常に絵画的な残り方をする時もあるし。そういうことって、特にライブで生まれるんですよね。それはバンドが演奏する意味でもある。だから同じ時間を共有したいんですね。音楽に支配されて、同じ時間軸を共有して、同じ像を見る。すごくロマンチックだと思うんですよ。同じ時代を生きてる人たちのための空間は、音楽しかないと思います。映画にもちょっとあるかもしれないけど。

フジ 座席とかで縛るもんね。

ミチロウ ライブって「この瞬間はその速度じゃないと成立しない」みたいなところがあって。その日は原曲より速いテンポだったとしても、その空間にとって正しいテンポになる。ある種、心拍をみんなで共有してる感じ。

■ 無意識下の、かつて見た未来

──butohesは意味以上に響きを重視したような歌詞が特徴的です。2人とも歌詞を書いていると思うのですが、作詞はどのような過程で進んでいくのでしょうか?

フジ 作詞作業の大前提として、まずミチロウが送ってくるデモに何語でもない言葉で歌われた歌が入ってるんです。そこに当てはまる歌詞をお互い考えていきます。まずは僕が考えてミチロウに見てもらって、「これは違う」「やっぱりここは変えて」とか指示をもらって。デモの段階でミチロウが出してきた言葉で「もうこれは動かせないな」っていうのもあるので、そこから広げることも多いです。僕の命題の一つとしては、「集合的無意識で同じものを見る」みたいなことが可能なんじゃないか、っていうところを探ってますね。

ミチロウ あとは普遍化。

フジ そうだね。普遍化って言っても、“おにぎり”みたいな話じゃないんですよ。

──おにぎり?

フジ 例えばおにぎりがここにあって、みんなで「これは“おにぎり”だ」って言うのが普遍化ではなくて、もっと無意識的に「これは出会ったことがある感情だ、でも名前はない」みたいなところにタッチするようなことができたらいいなと。だからメッセージとかじゃないんです。メッセージっていうのは主張で。ステートメントとかメッセージみたいなものが歌にのって自然に聞けたらいいんですけど、バグとして出ちゃってると耳障りでよくないんですよね。音像に合ってないように感じる言葉はエラーなので、そういうのは残したくない。だから自然と歌詞として、押韻を意識する。それを“言葉遊び”って言葉で片付けられてしまうことも多いんですけど、それは思考の放棄だと思うんです。例えば、定型の詩を書く時に、韻を踏みながらかっこいい単語を並べていって、それをみんなで朗読し合うシーンが『いまを生きる』(原題:Dead Poets Society)っていう映画にそういう描写があるんですけど、必要とされてるから押韻を使ってる。だから言葉遊びとはちょっとニュアンスが違うと思うんです。

──確かにあまり深く考えず“言葉遊び”と言ってしまうこともある気がします(反省)。

Kanju Inatsug(Gt. Cho.)
写真=Yusuke Mori

フジ そもそも僕は、表記される言葉とその意味は一緒のものだとあんまり思えなくて。言葉に対する意味はもちろんあるんですけど、それを超えて抽象的に持ってる意味みたいなものが多分あって、そこが噛み合ってればOKだと思ってて。でもこれって、歌詞にだけ許されてることな気がするんですよ。なぜならメロディーがあるから。メロディーに大いに縛られてる代わりに、「てにをは」が狂ってたり、造語を入れたり、元々の言語の体系通りに表記しないことが許されてる。ぶっちゃけ、言葉をすごく知ってる人が、ちゃんと書くのが詩なんです。でたらめでやってるように見えたとしても、賢くないとできない。でもぶっちゃけ歌詞ってそうじゃないんですよ。だからこそ、文章を書くのが苦手とか、普段本を読まない人とかから、とんでもない発明みたいな言葉の組み合わせが出てきたりもする。谷川俊太郎が、「詩は結局音楽の状態を目指してしまう」というか「音楽に憧れてるんだ」みたいなことをよく言うんですけど、本当にそうだなと思う。解釈とか考察は大いにしてもらって構わないし、自分の好きなように聴いていいと思ってるんですけど、いかんせん、歌詞の意味を提示してもらうのを待っている人たちが多いんですね。だから、能動的に聴こうとしないと意味を持たない歌詞を作ってしまってるとは思ってます、正直。

ミチロウ これ、フジよく言うんですよ。

フジ ちょっと詩の要件と被るんですけど、“身体性”というか、事実や現実があって、そこから飛躍して、“無意識下の、かつて見た未来”みたいなもの──それにタッチして最終的にちゃんと着地して、初めて詩になると思ってて。でも歌詞はぶっちゃけそうなってなくてもいい。逆に言うと、僕が作る歌詞では詩で最低限やってることまで盛り込めたら理想的です。2ndは特に徹底的にそれをやったと僕は思ってます。だから“音はめ”とか言われると頭にくるっていう。もちろんたまたま出た言葉がハマってるのが一番いいと思うんですけど。そうであれば自然だから。でも、かなり試行錯誤した結果こうなってて。もちろん瞬発的なものも大事にしつつ、「楽曲や音像、つまり音が何を言おうとしてるのか」っていうのを言語化するのがbutohesでの僕の役目だと思ってるんで、それに時間をかけてます。だからピンとこない人がいるのも分かるんですけど、目指しているのは普遍。僕らの音楽は山とか木とか、そういう自然物と同じ普遍性を持ってると思ってます。おかしなこと、前衛的なことをしてるつもりはないです。

Michiro Inatsug(Vo. Gt.)
写真=Yusuke Mori

ミチロウ 人に向かって歌を歌う行為ってさ、ちょっと演説的な側面があるじゃない。でもその人が音楽を聴く体験に僕らの私小説なんて必要なくて。もちろんそれが聴きたい人もいるんですけど、どこを切り取っても普遍的でありたいですね。だからこそ歌詞も僕が書いたものを一回フジに送って直してもらってるんだと思います。そこで音像に選ばれていないであろう言葉──強すぎる言葉とか実像とか、音楽の中で描いていないものは、曲が持ってるテーゼと矛盾してることなので、できるだけ排除したい。もちろん(フジが)書いてくる歌詞には俺が想定してない言葉の方が多いんですよ。最終的にはその隙間を許せるかどうか、みたいな。まあ結局、基準は甘いというか、ないですね。あっちゃいけないと思うし。俺が伝えたいことは全部音になってると思うんで。

フジ それを汲み取るつもりで、間違えたとしても、とにかくそこを目指そうとしてますね。

ミチロウ そもそも、僕は昔から洋楽が流れてる家で育って。ずっと言葉が分からない音楽が流れてたんです。でも、例えば英語の曲でも、ネイティブじゃなくても分かる単語とかってあって、たまたま聞き取れた言葉が曲の色彩になったりするじゃないですか。別に歌詞の意味が全部分からなくても良い。それってすげえ素敵だなと。英語のネイティブじゃないからそういう聴き方ができますからね。だから、そういうのが原体験なのかもしれないですね。頭の中に残ってる一節が、いつかどこかで自分とリンクするかもしれない。日本のほとんどの人は共感を求めて音楽を聴く場合が多いイメージだけど、僕らは「共感や経験に先立ったものを散りばめられるかも?」って。

──なるほど。共感や経験に先立ったもの。

フジ 詩は即時性のものじゃないんです。いつか「あのフレーズって、このことを言ってたんだな」ってなる。立ち返った時に初めて意味が分かる、くらいのものだと思うんですよ。

ミチロウ だからその人にとっての意味だったら何でもいい。何が音楽たらしめるのかって、リズム、メロディー、ハーモニーって言われてますけど、音楽を想起しうるものはそれ以外にもたくさんあると思ってて。極端な話、例えばThe Radio Dept.の「Heaven’s on Fire」って、曲が繋がってるから前の曲のアウトロが一瞬鳴って、その後に演説が入るんですけど、その最初の音だけで「Heaven’s on Fire」だって想起することができますよね。もっと言えば、レコードに針を落としたときのノイズの出方とかだったりするかもしれないし。それって一つの音像だし、体験に宿ってる記憶で、あちこちで想起することができて、無敵なんです。時間に縛られてるはずなのに、時間を超越してるし、すぐに過去になっていくものなのに、ずっと現在であり続けることもできる。そんなことができるアートって他にないですね。しかも楽しくて、意味なんて分かってなくてもいい。

フジ 楽しめるかどうかはでかいよね。やっぱり詩の字面だけ見ても踊れないと思うんですよ。いい詩は字面も美しいんですけど、文字だけを見て踊れはしないと思う。メロディーの有無とか、後ろで鳴ってるものがあるかどうかで全然違いますね。

ミチロウ ただ、「Aquarium」とか「Walkalone」の歌詞はフジだけで書いてるんですけど、個人的にはその要件を達成してると思ってて。俺のバイアスが音の方にしか入ってない、つまり余計なものというか意味を支配する要素を、少なくとも文字には入れてないから、音がフジの引き出しの中になかったとしても、音楽的であることと詩的であることが両立できる時がbutohesにはある。それもそれですごくいいことだと思う。

フジ すごい人はそれもやっちゃってるかもしれないけどね。ポップスの人とか。

ミチロウ ……なんか、こういうことを人に話したの初めてかもしれないです。2人で話したりとかはあっても、カンジュもヨネスケも知らないと思うんで。別に知っててほしいわけじゃないんだよね。バンドがみんな同じことを考えてもしょうがないし、俺とフジが矛盾してたって別にそれはしかるべきだと思うし。違う人が一緒にやってることだから。人間が4人いたら4人とも音楽の聴き方って違いますし、そうじゃないと面白くないんで。

■ 拍子どうしがホチキスで留められて流れていく

──ここからは、まだ触れていない2nd EPの曲にフォーカスして振り返っていけたらと思います。

ミチロウ 「Height」のモチーフなんですけど、(プレスリリースで書いた)『印象・日の出』は間違いで、『セーヌ河の日没』です。

フジ 『日の出』って聞いたと勘違いして、そのまま僕がプレスリリースに書いてしまいました。すみません。

──めっちゃいい絵ですね。

ミチロウ 箱根のポーラ美術館にあって、高校生か大学生の時に見て、1時間ぐらいその絵の前で動けなかったんですよ。

フジ それを許せる絵画っていいね。

ミチロウ バコーンっていう感情の立ち上がりってめったにないじゃないですか。そういうときじゃないと魂が乗らないんですよ。

フジ 正しい正しい。

ミチロウ そういう時のために断片的なデモとかあっためておいて、そこに魂が乗っかったらその音像を走らせて、みたいな。「Height」は『セーヌ河の日没』に走らされてできました。「Alba」とかもキャンプ場の太陽の綺麗さに感動して、みたいな感じですからね。

フジ 「Alba」はその話を聞いて歌詞を書き直したんですよ。実は他の曲よりもヒント多めだったので、他の曲と書き方が違います(*5)。

*5:「Alba」が生まれた詳しい経緯はセルフライナーノーツでも語られているので、そちらも是非チェックお願いします。

ミチロウ 「Height」はミックス、トラッキングが結構大変でした。実はギター、ダビングして8本ぐらい常に鳴ってるんですよ。2本に聴こえるんですけどね。“ゴーストギター”みたいなのがちょっとずついる。その広げ方を、意図的にシューゲイザーっぽくしたくなかったというか、段を作りたかった。和声で広げる、みたいなことにもチャレンジしました。今までだったら足りない分はひたすら重ねるわけですよ。16本ダビングする、みたいな感じで。特に「Height」はタイミングとか和声(ハーモニー)とかを整理していく必要があって、めっちゃ大変でしたね。他のメンバーが持ってきたフレーズも、「なんでそこにそれを入れるんだよ!」「意味ねえ配列するなよ!」みたいなのは何回もあったし。メンバーは大変だったと思います。笑 そうやってみんなで録ったやつを元に、僕が1人で夜な夜なダビングして。でも結局ミックスの正解が分かんなくて、シングルのリリースのスケジュールが決まってたから「これでいいや」と思って提出したのをめちゃくちゃ後悔して、EP版はもう死ぬ気でミックスやり直して。2、3キロぐらい痩せました。

フジ ちゃんと食べないと!

ミチロウ コード進行も基本的にずっと変わらないし、単純な繰り返しなんですけど、ちょっとずつ変わっていく。そういう意味ではミニマルの影響があるかもしれないですね。あと、5拍子っていうのが、すごい自由な拍子なんだっていう。

フジ うん、やってみて分かった。

──自由、というと?

ミチロウ “4+1”とか“3+2”みたいに作る人が多いんだけど、もう2つ分で“10”にすることによって、シームレスになる。

フジ “4+4+2”みたいにね。

ミチロウ 俺は“4+6”で取ってるんだけど、全員取り方が違うんですよ。

フジ 5って一般的に変拍子って言われるじゃないですか。でも実は7拍子で曲作って踊らせる方が難しい、ってことに気づきました。あと「Height」のベースは普通の5拍子って感じではないです。

ミチロウ そういう構造にしてある。繋がっていく感じ。拍子どうしがホチキスで留められて流れていく、みたいな──リズムの作り方があんまり他の人がやらない感じなんで、そこがbutohesらしさだと思うんですけど。段を作るっていうか、心拍が一瞬ピクンって上がる感じ。5拍子って、冷徹じゃないですか。一見ね。クールにずっと繰り返されて、ちょっとずつ燃え上がっていく。かつ『セーヌ河の日没』みたいな抱擁感もあって。映画みたいな音像を目指しました。もっとやれたと思いますけどね。だからあんまり自分では聴けないです。

フジ 僕は発見がありまくるんで全然聞いちゃうんですよ。でも、ベースだけで言ったら(演奏面は)「もっとやれた」しかない。

■ 生きていくために

ミチロウ 「breathes」はバランス感にすごく気を遣いました。AOKI takamasaみたいなこともできたと思うんですけど、「それをやったらbutohesじゃない」みたいな、ある種の諦めがありました。エレクトロニカっぽい音像なんだけど、オーガニックというか肉体的というか心音みたいな、実像を感じられるものにしたくて。硬くて広がりがあって段があるエレクトロニカって、意外とそれと反対のものが多いんですけど。AOKIさんとかは、もっとブラック・ミュージックとかの有機的なビート感もすごいある。Ólafur ArnaldsとかNils Frahmとかもそうですけど、生楽器でどうやってシークエンスを作っていくか、みたいな感じ。「breathes」は理論上は生演奏できます(※実際にライブでも披露している)。今回ギタリストとしてはめっちゃ発明みたいなことをいっぱいやってるつもりなんですけど、誰もそれに触れてくれない。笑

──ギターで実験してる感はありますよね。「これギターの音?」ってなります。

ミチロウ そうなんですよ、全部ギターなんですよね。

フジ 録った音しか使ってない。

ミチロウ 実は「breathes」には1トラックだけピアノが入ってて。ギターと全く同じラインを弾いたピアノが入ってます。だから別にシンセ縛りみたいな感じではなかったんです。結構いろいろ実験したんだけど、僕の場合、作曲からミックスまでの全工程をずっと地続きでやってるので、「ここは何でこうしたんだっけ?」って、覚えてない部分も多いですね。笑 2ndのコンセプト的にも自分の体感的にもめちゃくちゃ大事な曲なんだけどな。2本のギター・リフをまばらに配置してて。ステレオって、そもそも幻想じゃないですか?

──幻想?

ミチロウ “2本のモノラル”っていう状況って、生きててありえないじゃないですか。こうやって僕は對馬さんの声を聞いてるけど、どっちの耳からもその声は入ってきてるわけで、對馬さん自体は厳密なモノラルではない。音響ってそういう話で、ステレオって嘘なんですよ。それがすごい面白くて。ありえないのにありえるように感じるし、現実に鳴ってるよりもっと広い。初めてイヤホンしたときの感動みたいな。ありえないのに像が如実にドカンって出てくる。

──個人的に「breathes」はレクイエムって感じがしたんですよね。

ミチロウ 制作期間中に、9歳の時からおばあちゃんちで飼っていた猫が死んじゃったんです。出来事としては自分の中でかなり大きかったです。小さい頃からずっと友達だったのでものすごい喪失感がありました。

フジ だからあながちレクイエムっていうのは間違いじゃない。

ミチロウ さっきの暗黒舞踏の話とも被りますけど、実はもうバンド自体がそういう定義をなしてますよね。死んでいく身体への讃美歌だし、一方で死への抵抗みたいなのもあるし、ある種の諦めもあります。どうせ死ぬし。

フジ もっといい歌詞書けたな、っていうのは「breathes」が一番感じます。一応共作ですけど、そこまで汲み取って書けなかった。追いつけなかった。なので、最終的にミチロウが選んだ言葉で確定しました。ちなみに英詞の部分はカンジュに力を借りたので、クレジットには3人の名前が入っています。

Naoto Fg(Ba.)
写真=Yusuke Mori

フジ ベースとしては、勝手に後半のビート変えちゃったりとかはしました。最後、ルートをぶつ切りで弾くようにするのとか。(ミチロウは)全然聞いてないと思うけど、ハイスイノナサとかsora tob sakanaのバイブスを僕が勝手に取り入れようとしてて。それこそsora tob sakanaは、普遍化と自分のコンテクストを全部昇華したポップの一つの完成形だと思います。よく聴いたらビートとか狂い続けてるじゃないですか。「breathes」も、そういうのを頭の中にうっすら思い浮かべながらベースも面白くできないかなと。でも、できなかった。笑 あのままいっちゃうと最後toeみたいになっちゃうから──っていうかライブではなるんですけど。なので、ギターが広がっていく中で、ビートはタイトになって、最後のギターに収束していくようにしたくて。

ミチロウ やっぱりギターアンプを使ってるっていう特性上、難しかったです。ステレオ音源ほど縦横無尽に動かせないですからね。特に僕らがやってるぐらいのライブハウスだとギターの音が一番でかいから。どうしてもギターアンプがある方向からしか音を聴けないんですよね。そもそも「breathes」は「大好きなエレクトロニカの要素を落とし込んだ曲をbutohesで作りたい」みたいなのが裏テーマとしてあったんですけど、エレクトロニカそのものをやろうと思って作ったわけじゃなくて、やっぱり俺達がやる必然性がないといけなかったんで。押し付けがましくなくて、でもちょっとずつ静かに燃え上がってく、みたいなことをイメージしてましたね。結局は命が静かに終わってく、みたいな。

Kate Yonnesz(Dr.)
写真=Yusuke Mori

ミチロウ ……猫、泣いてたんですよ。老猫って涙のように見える老廃物が出るときがあるんですけど、最後に会いに行った時、膝の上に乗って泣いてたんですよ。骨と皮だけになった猫の体を感じて。それが今回のEPを作ってる時に一番腑に落ちたっていうか。1stの時もそういう感覚があったんですよ。「結局これってこれのことじゃん」みたいな、先に曲にしちゃってるみたいなのが結構あったんですけど、曲の像がちゃんと肉体を持った感じがありましたね。でも表現したかったことは“生きるとは”に対する答えみたいなことでは全然なくて、そういう映像が頭の中にただあった、って感じですかね。確かにある種のレクイエムだし、生命の讃歌みたいな気持ちはあったかもしれません。それで『to breathe』って付けたくなったのかもしれないし。でも──これもやっぱりずっと自分に返ってきますね。そもそもbutohesを“生きていくために”やってるところもすごいある。話が戻りますけど。

フジ butohes始める時、最初からそういう話はしてたよね。「俺らが生き抜いていくために必要な音楽をやろう」って。

ミチロウ 僕、仕事がレコーディング・エンジニアなんですけど、butohesを組もうと思ったのが、専門学校を卒業するタイミングだったんですね。まあ、新米のアシスタント・エンジニアが任される仕事って結構ハードなんですよ。音楽をやるためにその仕事を選んだはずなのに、音楽じゃないこともしないといけなくて。自分の実力不足もめちゃくちゃいっぱいあったし、一時期それで病んじゃって、「もう音楽嫌だ」みたいになっちゃってたときがあって。今はめっちゃ仕事好きなんですけどね。それで「好きな音楽録りたいな」と思って、butohesを組んだ。音楽を本当に嫌いにならないために。大学を辞めた時点で、もう音楽が無理だったら死ぬしかないんだろうな、みたいな気持ちがあったんです。これもbutohesが抱える命題の一つですね。

フジ 結局、立ち返ったんだなって思って、腑に落ちたんでしょうね。逆に「こんなに根底にあるものを書いちゃっていいのか」みたいな逡巡もありました。「breathes」は大事な曲です。もっとライブでもできるように頑張りたい。どうするといい感じになるかはまだ考え中ですね。今思うと「Aquarium」もそんな感じでしたし。あれも意味わかんないぐらい重ねてるから。

ミチロウ 200トラックぐらい。

──そんなに?!

ミチロウ butohesの曲は大体それぐらいありますよ。めっちゃダビングしてます。

■ キメラみたいな感じで存在してる

──「Ss」はEPを通して聴いた時に、この曲で景色が広がっていく感じがしました。

フジ 確かに「Ss」がなかったら(2nd)全部が内省に聴こえて終わってた可能性はありますね。

ミチロウ 「Ss」は意外と好きって人が多くてびっくりしました。僕の中では面白枠で作ってたんですけど。1stでいう「W/N/W/D」みたいな。

──言うなればしっちゃかめっちゃか。

ミチロウ だし、そもそも収録するかどうかもギリギリまで迷って……。

フジ プリプロの時点では「これは録らない」みたいな感じでした。

ミチロウ さすがにおもろすぎるから没にしようみたいな。笑 基本的に自分で全部レコーディングしてるんですけど、歌だけ鈴木龍斗さんっていう、ライブでPAもやってくれたりしてる方にお願いしてて、デモ聴かせたら「これやろうよ、入れなよ」って言われて。「速い曲やった方がいいよ」みたいな。あほみたいな理由なんですけど。笑

フジ 「今だからできることだったら、やっぱりやった方がいいよ」みたいな話でした。確かになるほどと思って。この曲は人懐っこいんじゃないすかね、他の曲に比べると。

──というと?

フジ 他の曲と違って「俺が弾かなきゃいけない」って感じなんですよ。要は、他の曲みたいに、ある音像を成立させるために、デモにあるものを汲み取ってベースラインを整理するなり足すなりしていく作業とは全く別の回路で、ベーシストとしてやることをやらなきゃいけない曲だった。“人力ドラムン”って言ってますけど、あれを叩けるようにならなきゃいけないっていうヨネスケの戦いがあって、俺はそこに乗っかって弾くリフっぽいベースのループを考えて、どうせならプレイヤーとしてチャレンジをしたいと思って2Aのフレーズを作りました。難しいのでライブではあんまり弾きたくないんですけど、結果的には歌の掛け合いにベースラインが絡んで良くなってた。あと、butohes初のギター・ソロがあるという。他の曲にもギター・ソロとして聴けるところはあるでしょうけど、アウトロにあれだけガッツリギター・ソロが用意されている楽曲は他にないです。

ミチロウ ギター・ソロについてもカンジュは苦労してて、OKテイクに納得いかずに日を分けて2回ぐらい録り直しました。ただ、作る時に面白いことをいっぱいやった分、ミックスとかポスプロではひたすらクールにならざるを得なかった。ライブだと多分その部分がなくなってるからまた違う感じになって、ロック・チューンになってるんだろうな。

フジ 僕はまだ苦しんでます。リズムの取り方が難しくて。

ミチロウ クールっていう感じではないですね。多分、土臭いよね。

フジ 砂嵐だからね(※「Ss」は「Sand Stormの略」)。そういうところが、ある意味で人間的というか。さっき“人懐っこさ”と言ったのは、プレイヤーが見えるじゃないですか。他の曲よりメンバーそれぞれの個が合体して、ある意味キメラみたいな感じで存在してる。でも一聴してロックだし、かっこいい。でもクールではなくて、分かりやすいっていうか。ミチロウの想定からも若干離れてるっていう意味で、そこがちょっと違うのかなと思います。再生回数は一番低いけど。

──でもライブだと一番盛り上がる感じはありますよね。速いし、うわー!って気持ちが高まる。

ミチロウ ありがとうございます。どういう曲なのかは僕もよく分かってないですね。僕からメンバーに対して「それぞれこういうことやって欲しい」みたいな指定をしたのに、「そうするんだ?!」みたいな面白さがありました。

この曲のデモを作る前に、ヨネスケと映画を観に行って。10年ぐらいの付き合いなんですけど、1回しか2人きりで会ったことなくて。別にバンドで会うからいいや、みたいな感じだったんですけど。その日は『DUNE/デューン 砂の惑星』を観たんですよ。それで仮タイトルが「Kate Yonnesz Storm」。「INAZAWA CHAINSAW」的な。結果的に余白が残って、それぞれが爆発してしまって、面白い感じになってる。

■ 上手く飛べる時ばっかりじゃない

──「eephus」は初めて聴いた時、不思議な曲だと思いました。爆発的な何かがあるわけじゃないし、この曲で終わりなのかっていう、不思議な感覚。続いていく感じがしました。これで終わりじゃないみたいな。

ミチロウ それは慧眼ですね。この人(フジ)はそういう意図みたいですよ。

──サウンド的にも、パァーン……って終わってくじゃないですか。これで終わりなの?みたいな不思議な気持ちです。

ミチロウ だから、ライブだと「eephus」から「Ss」みたいなパターンも結構ある。確かに次に曲やりたくなりますよね。それが次のEPに繋がってくれたら嬉しいなみたいな話なんですけどね。

フジ 「eephus」の後に「Ss」やると地面に叩きつけられてる気がするんだよな。笑 「お前はそっちに行けないんだ」って言われてるような気がして、悲しくなる時もあります。でもそこが人間らしいっていうんだったらそうだと思うし。上手く飛べる時ばっかりじゃないんで。ベースとしては、「eephus」は構造的に理解するのにめっちゃ時間がかかったかもしれないです。ドラムのビートが段になってて、っていう説明を理解するのがレコーディングかプリプロのときぐらいまでわかんなかったんで。

ミチロウ 求められてるものが生ベースっぽくない。エレキ・ベースだとトランジェント(*6)が早すぎるんだろうね。人力でサイドチェイン(*7)やってるような感じ。ビートの作り方とかはFloating Pointsですね。全然違いますけど結構参考にしました。

*6:音の立ち上がり
*7:あるトラックの波形をもとに別のトラックを成形する手法。この場合はドラムのアタックの瞬間にベースのアタックが消えることを指していると思います。(ミチロウ談)

フジ 「eephus」も初演は割と早い方だと思う。年明けてからですけど。2022年初ライブぐらいでは確かセトリに入ってる。

ミチロウ まあ「Alba」の8倍ぐらい簡単なんで、やっといたら狼煙を上げられる曲なんで。笑

フジ 難しいよ?!

ミチロウ あなたはむずい。笑 俺は簡単なんだよ。

フジ 「Ss」もそれでいうと、ちょっとサブウーファー(*8)が鳴ってる感じで弾きたいベース・リフではあったんですけど。

*8:ライブ会場やクラブなどで、スピーカーで十分に鳴らすことができない低域(約100Hz以下)を補うためのスピーカー

ミチロウ それはちょっと意味が違うかもしれない。層でいるサブウーファーと段でいる……消えていくことの美しさがある低音と、ずっと持続する低音みたいなやつ。それは僕が一番関心があるところなんですけど。エレクトロニカのアーティストはそういう制御が上手いですね。ロックの場合、基本的に鳴ったら鳴りっぱなしじゃないですか、低音って。低音の消え方や現れ方についてはまだ勉強中です。「eephus」はやってる側の肉感的な快楽がある曲なので、ヨネスケとカンジュは好きだと思います。演奏すること自体が楽しいみたいです。それこそ「Alba」練習してる時に上手くいかなくて、どっちかが「eepuhs」やりたいって言い出したことがめちゃありました。ちなみにサビはコーチェラみたいなつもりで作りました。笑 「拳上げろ!」みたいな気持ちです。でも歌とかはクール。

──そこがあの曲の不思議さにも繋がってる気がします。

ミチロウ そうかもしれないですね。常に抑圧があるんだけど。やっぱり今回は全部「静かに燃え上がる」みたいなのがテーマだったかもしれないですね。

──内省で踊る、みたいな?

ミチロウ でもそれでいうと、やっぱりロックンロールですけどね。悩ませたまま踊らせるのがロックンロール。

フジ 「eephus」はMVも作って。

ミチロウ あれはすごかったですね。

フジ 俺がとにかく「まちだリなさんにお願いしたい」って言って。実は「Walkalone」で作りたくて声かけたんですけど、録った段階では全然ミックスの答えが見えないって話もあって。あと「Walkalone」だと既存のまちださんの作ったMVと被るかも、と思ってやめました。音源は全部聴いてもらったんですけど、「eephus」が候補に入ってて、それでお願いするかってなった。ライナーノーツを読んでもらったりもしたんですけど、おそらくその前にもう音源からの全汲み取りでイメージのラフが出てきてた。

ミチロウ 「描いたことのない色が描けそう」って言ってた。本当にその通りでしたね。僕的には「eephus」は青色だったんですけど、「青」って言われて「バレた!」って。まちださんすげえな、って思った。俺的にはFloating Pointsの『Crush』っていうアルバムの色なんですよ。ある種の共感覚みたいなものを感じました。音の色みたいなものがちゃんと伝わっててびっくりしました。

フジ 本当にそれをやれる人だなって思った──って言うと偉そうなんですけど、それくらいすごい人だなと思って声かけました。あと、もうMVは実写というか、人間が出てなくていいなってちょっと思ったのもあるんですよ。演奏してるシーンとかは出す必要ないっていう。

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歌い方だけなんじゃないかな

Author

對馬拓
對馬拓Taku Tsushima
Sleep like a pillow主宰。編集、執筆、DTP、イベント企画、DJなど。ストレンジなシューゲイズが好きです。座右の銘は「果報は寝て待て」。札幌出身。