
■ “がっかり3作目” のフェチズム
──もう少し曲の話をすると、今作は曲名に固有名詞が使われてますよね。「IKAROS(イカロス)」とか、「Guernica(ゲルニカ)」とか、「Enrique(エンリケ)」とか。何か具体的なモチーフがあったりするんでしょうか?
いや、曲名はサムネイル的なものだと思ってて、割と最後につけることが多いんですよ。歌詞とかメロディーとか、フレーズとかサウンドとかって、例えばイカロスっていう曲名に尽くそうとしたら、全部イカロスになってしまって下品というか、できる選択肢がだいぶ狭まるんですよね。それってAIっぽい曲の作り方だと思うんですけど……よく生成AIで俺が聴く用に曲作るんですよ。AIで作った方が、大体のバンドよりはかっこいいかなって。笑
──やば。笑
曲名って、唯一音楽の内容に関係せずに好きな言葉をつけられる場所じゃないですか。グルーヴって言葉で変わるから、歌詞の中に入れてしまったら絶対リズムに乗ってくるんですよ。だから変に影響させたくないけど、その言葉の空気感だけ少し間借りしたい、っていう場合に便利なんですよね。聴覚体験上だけのものを逆の意味で補完をしたいときとか。音楽に影響せずに逆の意味を乗せられる。固有名詞が持っている情報量ってすごく多いので。だからその固有名詞に対して聴き手がイメージすることってばらつきがあると思うんですけど、それはすごく音楽ならではの自由度というか。これをMVとかの映像で足りない部分を補完しようとすると、こっちが提示したもののイメージになりすぎるから、音楽的じゃないと思うんです。それだったら別のジャンルでいいというか。
──タイトルだからこそ補完できるものがあるというのは、確かにそうだと思いました。だから1曲ずつにジャケットというか、アートワークを当てはめる、みたいな感覚に近いんですかね。
そうですそうです。その考え方は1st EPのときからずっとあったので、それをもっと音楽に追従した形にしたというか。

──個人的には「Ghost Dream」がすごく好きなんですけど、あの曲はちょっと “夢オチ” 感があっていいなと勝手に思ってます。
何かからの脱出を図る曲なんですよね。どこまでが夢でどこからが現実かっていうのはわからないけど、今いる場所から抜け出そうっていう。あと、「Portraits」を故意に消して7曲にしたものを締めるときに、〈Like a rainbow!〉と言えるのっていいなと思って。別にナショナリズムがどうこうって思ってるわけじゃないですけど、文脈ゲーム上において “日本人” っていうプレイヤーをやるときに、虹を7色と言えるのは俺たちかなと。基本的にアメリカとかイギリスでは6色ですし、アフリカの一部では8色だったりする。7色の虹とか、7をすごくありがたがる感じは、同じトライブのやつらには伝わるニュアンスなんですよ。これを6色圏内の人に説明しても「そうなんだ」としか思わないだろうし。同じものを見てるけど、同じトライブに属するやつらだけが共有できることっていいな、文化として意味のあることだなと。だから「Ghost Dream」が最後にあることはすごく気に入ってます。
アルバム全体を通したときに、重力とか力学の自然な流れがあるようにすることをすごく大事にしてて。だから曲の質量の感じも、先にグラフみたいなものを描いてそれに沿うように作ってたり、歌詞の意味も力学がグラデーション的に働くようになってるんですよ。例えば、序盤から「Guernica」くらいまでは “子供と大人” ってことをすごく考えてて。「Guernica」のときはもうほとんど薄いんですけど。「MIRROR’S EDGE」の後半くらいから「IKAROS」にかけてくらいが一番 “子供と大人” ってことを考えてます。ちゃんと曲順通りに作ったので、俺がそのとき考えてたこととか、その日のバイブスみたいなものがすごく乗ってるんですよ。
でも「Ghost Dream」は違う時期というか、全ての自分から切り離された場所で作られてて。このアルバムは最後に向かっていくにつれて光が質量になっていくイメージで作ってるんですけど、最初は動力をすごく意識してて、途中からは光を意識してどんどん膨らませていって、それが「wallflower」までで、「Enrique」で光が全部質量にチェンジするみたいなイメージで。だから「Enrique」が好きって言ってくれる人もいるんですけど、俺は不快なものとして作ってるんですよね(*4)。
*4:曰く「Enrique」は『ドンキーコング たるジェットレース』でコプター(操作キャラ)を使ったときに訪れる吐き気と同じバイブレーションになるように意識して作った、とのこと。
……あの、2までめっちゃくちゃ好きな作品の3が思ってたものじゃなかったとき、超好きなんですよ。笑
──笑
気持ちいいっていうか。『MOTHER』ってゲームあるじゃないですか。1と2がすごい人気作なんですけど、俺は不評な3がめちゃくちゃ好きで。笑 思ってたのと違うときの、あの寂しさ、悲しさ、虚しさ。しかも今まで積み上げてきたことを全て台無しにするような3であってほしいんですよ。映画だったら監督が変わったときとか、アニメだったら制作会社が変わったときとか。裏切られば裏切られるほど、2までどれだけ好きだったのかがすごくわかる。こんなに期待してて、こんなに幸福感を抱いてたのに!っていう。不快だけど気持ちいいみたいな感覚がそこにあって。しかも3の世界も勝手に大団円を迎えるんですよ。俺が望んでないこいつらも幸せになれるんだ、みたいな。あの瞬間のカタルシスは、もう一種のフェチズムですね。
──なるほど、フェチズム。
「Ghost Dream」って、それをやりたかった曲なんですよ。「Enrique」の質量からの “わけのわからない突破” みたいな勢いが「Ghost Dream」に求められてたことで。だからすごいサクッと終わりますし。“アヴリル・ラヴィーンの終わり方” って呼んでるんですけど。笑 俺アヴリル・ラヴィーンのことめっちゃ好きで、アヴリル・ラヴィーンの曲って面白いくらいああいう終わり方をするんですよね。

あとは俺とシバタ(シバタマキ / Dr.)が、海外のケロケロした声のバンド・サウンドのアーティストとかが好きで、特に100 gecsをすごい意識してて。でも俺らがそういうものを作っても結局技術が追いつかないから、多少ふわふわしたシューゲイズ的なものになるだろう、みたいな。あのふわふわは技術なしでそうなってるので。
──“がっかり3作目” はすごくわかる気がします。僕は映画の『エイリアン』が好きなんですけど、3作目って監督がデヴィッド・フィンチャーで、陰鬱だし不人気で。でもその感じがめっちゃ好きなんですよね。気持ちいいっていう自覚はなかったんですけど、言われてみれば確かに気持ちいいかも。
あのときに初めて自分を知るというか。終わってみて初めてわかる愛って、やっぱりあるんですよ。2と雰囲気が違うのって寂しくないですか?
──そうですね。そこにしかないものがあると思います。
俺はそこを大事にしていきたいんですよね、めちゃくちゃ。あの瞬間の感覚って、大人になったらあんまり感じられないというか、上手く言えないんですけど……子供の頃ってああいうことがいっぱいあった気がするんですよ。この先にまだわからない世界がいっぱい眠ってる感覚。その寂しさとワクワク。あれがもう、大人になると3作目が駄作なときぐらいしか接種する場所がない。
──逆に駄作の3作目を探す旅に出れば、忘れてしまった感覚を思い出せる。今話してて思いましたけど、がっかりすることって大事かもしれないですね。
みんながっかりしたくなさすぎるんですよね。アルゴリズムが進化して、どんどんがっかりしなくていい作りになってるじゃないですか。超期待してたものを発売日に並んで買いに行くんじゃなくて、自分にとってそこそこ面白そうなものが常に飛んできて、それをそこそこの気持ちでキャッチする、みたいな構造になってると思うんですよ。
──今の世の中、がっかりさせるようなものを出したら炎上すると思うんですよ。それもあってどんどんがっかりする機会が失われてますね。
そうなんですよね。だから期待通りのものばっかりになってきて、それってプラットフォーマー的というか。ディグってがっかりするっていう体験がないんですよ。あれがないと駄目になります。ドーパミンが出ない。

■ もっとプレイヤーであれ
──最近あんまりできてないんですけど、僕結構Bandcampで音源をディグるんです。shoegazeのタグを新着順にひたすら遡って、ジャケットが良さげなものを片っ端から聴くっていう。でもやっぱりジャケットが良くても中身がイマイチなものが紛れてるので、がっかりする機会にはなってるかもしれないです。
ハズレがないとアタリはないですからね。
──そうそう。ハズレがたくさんあってこその気持ち良さというか。
BandcampとかSoundCloudみたいな媒体って、それを無責任にやれる場だから俺も割と好きですし、自由にいろんな意味を込められたりすると思うんですよ。でも結局 “ぽいもの” がどんどん作られるだけになってて。昔はもっと面白かったはずなんですけど、一般化されていく。もうBandcampもSoundCloudもプラットフォームとして有名だし、開拓された場所になってきてるじゃないですか。もっと面白かったよな〜、インターネットって。笑 それは「昔は良かった」みたいな話じゃなくて、その場所が長く続きすぎてる。もう腐りかけてきてるんですよ。……また黎明期をやりたいと思ってて。黎明期が一番ドーパミンがドバドバ出るので。だから俺は新しいことを開拓したいし、今のAIの世界にはすごくワクワクしてます。
──なるほどね。
AIが楽しいからこそAIにできないことをしたいというか、AIと同じことをしても面白くなくて。中の “コンテンツ” を作るのはAIがやれるんですよね。かっこいい曲を作るとか。だからどれだけ他の部分で誰かを気持ちよくするか、あるいは自分を気持ちよくするか、っていうことは考えないといけないと思います。みんなそういう意識を持ってバンドをやってほしいです。曲とかライブだけじゃないところで。どれだけ新しい手法を開拓するか、っていうことをみんなやってなさすぎるので。


──AIの登場で失われる職業の一つで、たまにミュージシャンが挙げられてたりするのを見ることもあります。
なくなりますよ、半分以上は。だって俺がAIに作らせた曲の方が大体のバンドよりかっこいいですもん。笑 だからある程度かっこいい音楽を作るのは前提で。ライブとかのフィジカルの体験性とかは違うでしょうけど。でも別にAIに作らせた曲を演奏する人間がいたっていいじゃないですか。ビートルズ以前は曲を書いてるバンドなんてほとんどいなかったんだから。
──やっぱりAIにできないことをちゃんと考えていくことは大事ですね。
ですね。だからAIのめっちゃ苦手なことは “プラットフォーム斜め跳び” です。AIは大体1個の与えられたルールの中でベストを尽くすようにできてるので。だから変なアイディアの接着は人間がやっていくべきですね。いつかはそうじゃなくなるとしても。
──突拍子のなさ、ですね。僕も飛び越えていきたいです。窮屈なんですよね、生きてて。ずっとモヤモヤしてるというか。
モヤモヤしてるときっていうのは、文脈に接続してないときなので、俺は。文脈にさえ接続されてたらモヤモヤする必要ないんですよね。そこに対して何をすればいいか、どうやって生きるべきかわかるから。これってキリスト教的な考え方なのかもしれないですけど。みんなで文脈ゲームで遊びたいです。だから俺はすっきりしてますよ。俺がすっきりしてるのは、文脈に対して考えてるからです。身の回りにある枠組みとかルールじゃなくて、もっと上の方で飛んでるものからの接続を考えたら、身の回りのモヤモヤは「あるな〜」ぐらいになりますね。
──僕はすごく囚われてる人間かもしれません。文脈を意識してみます。MoritaSaki in the poolのリスナーも、このアルバムを通してそういうことを考えてもらえたら。
それを考えて初めて遊べるので。この世界を使って遊ぶのって、違う地面に立てないと無理ですよ。自分の今立ってる地面では遊べないので、他の地面を見つけてそこに立てば、自分たちが元々立ってた地面は遊ぶ素材になりうるんです。 そうすれば、自分が何の後発として現れて、何に接続されてて、何にカウンターしないといけないのか見えてくる。

もっとプレイヤーであればいいんです。みんなアクターすぎる。ドラマツルギーじゃないですけど。俺はバンド以外の世界でも批評性を持っていたいと思ってます。知ってる範囲の中で「すげえ!」みたいなことを作る仕事が横行してる感じがするんですよ。そういう点ではビートルズが『Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band』で「アルバムってこういう作り方をしていいんだ」っていうのを提示したのはすごいことだし、それで初めてプレイヤーになれるというか。みんな世界と繋がってなさすぎだと思うので。外交的になるって意味じゃなくて、もっとゲームを遊んでる一員として生きたいよね、っていう感じですね。
──思ってた以上にこのアルバムの持ってる力というか、秘められたものが大きいと感じました。
リリースしてから数ヶ月過ごしてみて、「言わなきゃ駄目なんだ」って思いました。ただ出したからといって、「こういうギミックをアルバムに組み込んでいいんだ」とはならない。俺の出力って何の説明もなしで伝えるのは難しくて、キャプションがあって初めてみんないろんな遊び方ができるんだとしたら、喋らないとアルバムをリリースしたことにならない。だからアルバムのことをすごく話したかったんですよね。
■ 人のいない世界は嘘
──アルバムを作るにあたって、これまでのEPと比べて制作面で変わったことはありましたか? リクさん以外のメンバー3人の制作への関わり方とか、制作の仕方が変わったとか、そういうところがあれば。
変わったことといえば、ナツミちゃん(ヘイケナツミ / Ba. Vo.)が……ハイハットとスネアの違いがわかるようになりました。笑
──いや、成長ですよ。笑 それは成長です。
いつも録ってくれてるエンジニアの京ちゃんが「ナツミちゃん、もうちょっとスネアも意識したグルーヴでやってくれるか」って指示して、「わかりました」って言って弾いても、なんか違うな〜ってなって。あまりに齟齬が発生するから「スネアってどれかわかってる?」って聞いたら、ナツミちゃんは「あのチッチッチってやつですよね?」って言って、「いやそれハイハットだから!」って。それで全員に衝撃が走るっていう。
──今更発覚したんですね。笑
我々の曲はスネアに重心を合わせることをすごく大事にしてて、今までも「ナツミちゃん、もっとスネア聴いて」って何回も言い続けてきたはずだけど、全部「はい!」って言いながらハイハット聴いてたのか……って。あと、歌を2人で合わせる練習をしてみたりとか、姿勢は真面目になりましたね。演奏するメンバーのことを踏まえて、「この人にはこのプレーをさせた方がいいよな」とか、そういうことも考えたりしてます。

他に面白い変化としては、演奏してるメンバーじゃないんですけど、青い薔薇のきゅーちゃんの影響もあります。俺めっちゃ仲良くて。さっきの『グレープフルーツ・ジュース』の話もそうですけど、一緒に野宿とかしたり。「Ghost Dream」の〈夕景を持って2人で抜け出そう〉っていう歌詞は、海岸沿いの壊れた小屋の情景と、そこから抜け出すことだけ決まってて、「きゅーちゃんだったら何を持って抜け出す?」って聞いたんですよ。そしたら「景色とかかな」って。それをグルーヴに合う形にしたのがあの一節で。初めて人の手が入りましたね。きゅーちゃんの影響はすごくデカいと思います。今までは人の影響をなるべく受け流すようにして作ってたんですけど、それって嘘かなって。人のいない世界って本当はあるものをないことにしてるのと一緒だし、人を無視してる状態では対話的な態度は取れないと思って。
──今まではあえて自己完結させていたものに、外部との繋がりを持たせたと。
そうそう。あと、ミサに激ハマりしてて。
──ミサに激ハマりって。笑
ミサがすごく気持ちよくて。ポーランド語かポルトガル語か忘れたけど、海外の聞いたことない言葉のミサがやってる曜日があって、その日に行くと超最高で。何言ってるかわからないけど、ただただセイント、みたいな。それでハマってた時期にきゅーちゃんと一緒に行ったんですけど、1人じゃないと長居しやすいというか。協会に併設されてる保育園の子供の声をじっくり聞いたり、図書室みたいなのがあってそこで関連書籍を借りたりとか、初めてそういうことができて。教会探索をめちゃくちゃしたから書けた曲もあります。
【 Next 】 対立する2項をどう取り続けるか
Author
