
文=筒井なぎさ
編集=對馬拓
写真=タカギタツヒト
厳しい残暑の中にほのかな秋の風が吹き抜ける9月14日、Oaikoが主催する2マン企画シリーズ『みちしるべ』の最終公演が行われた。
世代やキャリアを超えた多彩なアーティスト2組が共演し、様々な化学反応を生み出してきたこのイベント。ラストを飾るバンドとして、中国ツアーの成功も記憶に新しいひとひらと、2007年のデビュー以来実験的なオルタナティヴ・ロックで根強い支持を獲得しているPeople In The Boxの名前が発表されると、SNSでは期待と歓喜の声が瞬く間に広がった。チケットはソールドアウト。新代田FEVERの前には開場前から多くの観客が集まり、2組の演奏を心待ちにしていた。
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People In The Box
満員の会場に独特な緊張感が漂う中、People In The Boxが登場。アルバム『Kodomo Rengou』収録の「かみさま」から幕を開け、波多野裕文(Vo. Gt.)の〈かみさまはいつだって優しい嘘をつく〉という歌い出しから、イノセントかつシュールな “People色” が会場一面に広がる。続く「ミネルヴァ」でも磨き上げられたソリッドな演奏を惜しみなく披露し、その後代表曲の一つである「ニムロッド」が始まると歓声が。繊細なリズムを爽快に奏でる山口大吾のドラム(Dr.)と、透明感をもって絡み合う波多野のアルペジオ、グルーヴを丁寧に支える福井健太(Ba.)のベース・ラインが心地いい。



超満員の新代田FEVERを前に、「結構ぎゅうぎゅうで肉体的にもしんどいと思うので、体調悪くなったら周りの人に助けてもらったり、外の空気を吸うなりしてリフレッシュしてください」と波多野が観客を気遣ったあと、「世界陸上」でさらに深いPeople In The Boxの世界へ沈んでいく。音源ではイントロのピアノが印象的だが、ライブでは波多野がピアノのフレーズをギターで再現しながらヴォーカルを歌いこなすというアレンジが施された。福井のコーラス・ワークも映える、どこまでもストイックな演奏に息を呑む。






そして「聖者たち」の歪んだベースで、これまでの軽快さから一転ドロっとしたダークな雰囲気に。じわりと滲むような不穏さで会場を包み込み、続く「市民」でもディープなサウンドスケープを披露。メリハリの効いたスネアがフレーズの合間を駆け抜けていき、不安感と快感が両立する不思議な感覚に観客は静かに身を委ねていた。








彼らの世界に浸れる時間もあとわずか。美しいメロディーが際立つ「She Hates December」でクライマックスを演出したあと、波多野から「今さっきやった『She Hates December』っていう曲が出たとき、彼ら(ひとひらのメンバー)は6歳ですね」という衝撃的な発言が。山口から「今日喋らんつもりでいたけど、取っちゃったよマイク」と思わずツッコミが入り、会場からは爆笑が巻き起こる。続けて「僕がマイクを取ったことにより、曲が1曲削れることになりました……んなわけねえだろ! 最後まで全力でいくのでよろしく!」と山口がアッパーなテンションで観客を鼓舞。張り詰めていた緊張感が一気にほどけ、温かい空気が流れた。ちなみに「She Hates December」が収録されたEP『Rabbit Hole』が発表されたのは2007年。2003年結成のPeople In The Boxと、2021年結成のひとひら、世代の離れた2組が同じステージで演奏していることを思うと、改めて胸を熱くせずにはいられない。






温かい空気が会場を包み込み、いよいよラストスパート。ギターのディレイと繰り返すベース・ラインが鼓膜にこびりつく「DPPLGNGR」を重厚感たっぷりに奏でたのち、最後の1曲に繰り出されたのは「旧市街」。怒涛のノイズを切り裂くように響く、波多野の淡々としたヴォーカルが無機質感を与える。People In The Boxのライブは確かに血肉が通っているし、ライブならではの “生感” があることに間違いはないのだが、その奥底は果てしなく冷静で、冷え切っているように感じるのが不思議だ。メンバーの一糸乱れぬ演奏や波多野の透明感のある歌声がそうさせているのか。People In The Boxの持つ楽曲の世界観がライブでも存分に再現された、まさに唯一無二と言うに相応しいステージだった。

People In The Box 2025/09/14 setlist
1. かみさま
2. ミネルヴァ
3. ニムロッド
4. 世界陸上
5. 聖者たち
6. 市民
7. She Hates December
8. DPPLGNGR
9. 旧市街
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ひとひら
圧巻の “People色” に包まれた会場だったが、「つくる」の美しいアルペジオが鳴り響くと一瞬にしてひとひらの空気に切り替わる。そしてアルバム『つくる』の流れを再現するように「国」がシームレスに始まると観客から喜びの声が上がり、会場の熱気は最高潮に。緻密に絡み合う2本のギターと山北せな(Vo. Gt.)の繊細な歌声、咆哮するように会場中に鳴り響くディストーションに、どうしようもなく感情を揺さぶられる。






「国」の勢いをそのままに「Seamless」「風船」と『つくる』の名曲を次々と披露。「Seamless」では吉田悠人(Ba.)のシャウトが鼓膜を突き刺し、瑞々しさ溢れるエモーショナルな演奏で観客を圧倒した。
メンバーを見合いながら、熱量高く音を奏でるひとひらの勢いは止まらない。「The Sounds of Summer Coming」「Calm」で感傷を煽り、続く「itsuka」でさらに切なさは頂点へ。外の空気も相まって、季節の変わり目を想起させる楽曲の数々に胸を締め付けられる。会場にセンチメンタルな空気が漂う中、これまでの疾走感のあるロック・チューンから一変し、間髪入れず始まった「human」、そして「ここじゃない地獄」とシューゲイズ色の強い楽曲を立て続けにプレイ。体を揺らしたり首を振ったりと、スピーカーから降り注ぐ轟音の雨に浸る観客たちの姿が印象的だった。





余韻を切り裂くように刻まれる梅畑洋介(Dr.)ドラムが緊張感を放つミドルテンポの「one」を情感たっぷりに演奏したのち、「遠くなる(が戻る)/nothing」で再び疾走感溢れるひとひらのモードへ。そのまま「翡翠に夢中」でクライマックスまで全速力で駆け抜ける彼らからは “無敵” のエネルギーが漂い、頼もしさすら覚える。
「結構大きなお知らせなので、言ったら『わー』って言ってください」という山北の発言から始まった最後のMCでは、「11月12日にひとひら 2ndフルアルバムをリリースします」との発表が! さらにリリース・ツアーの対バンも一部解禁になり、豪華な出演者に観客からは喝采と驚きの声が口々に上がる。そのアルバムから披露された新曲「夏至」は、ひとひらの持つグッドメロディーと美しいギターの絡みはそのままに、さらに練り込まれた楽曲構成が光る1曲。そしてラストを飾るのは、こちらも新アルバム収録曲だという「ひのめ」。日本語詞の儚さと突き抜ける轟音が胸に迫る名曲で、新アルバムに大きな期待を寄せずにはいられない。






中盤のMCで「自分が中学生のときに流行っていた某アニメがすごく好きで、主題歌をやっていたPeople(In The Box)とかösterreichとかamazarashiとかの影響で色んな音楽を聴くようになって。そういう今の好きな音楽を形作っているバンドと今日一緒にやれて嬉しいです」と感謝を告げていた山北。まさしくひとひらの “みちしるべ” たるバンドであるPeople In The Boxとの2マンが実現したこのイベントは、それぞれが音楽を聴き、作り、演奏してきた歴史が交差する記念碑的な瞬間であったようにも思う。





彼らの血肉に流れているものに共通点はあるが、体温の奥底に冷え切った理性を感じるPeople In The Boxと、緻密さの中に激情の爆発が垣間見えるひとひらの対比が際立つイベントでもあった。彼らが与えて、受け取った音楽はどのような表現を生み出すのか。今後も綿々と受け継がれていくであろう新たなステージに想いを馳せながら、新代田FEVERをあとにした。

ひとひら 2025/09/14 setlist
1. つくる
2. 国
3. Seamless
4. 風船
5. The Sounds of Summer Coming
6. Calm
7. itsuka
8. human
9. ここじゃない地獄
10. one
11. 遠くなる(が戻る)/nothing
12. 翡翠に夢中
13. 夏至
14. ひのめ
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