Posted on: 2025年8月5日 Posted by: Sleep like a pillow Comments: 0

文=横堀つばさ
編集=對馬拓
写真=タカギタツヒト

歩く、そして立つ。気づけば身に付けていたこの能力は、知らず知らずのうちに個々の人生を照射していると言っても過言ではないだろう。歩き方ひとつに、重心を置く場所ひとつに、その生き様は表れるのだから。そんな中、誰もを貫く事実は、心がささくれて早足になる日も、肉体の重みに抗えず歩みを止める日も否応なしに生きていくしかないことだ。

2025年6月7日(土)、東京・Spotify O-nestにて開催されたOaikoによる2マン企画シリーズ『みちしるべ』。saidと時速36kmが出演した第6弾は、全ての営みと平穏と平凡を抱きしめるためのステージだった。

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said

上手から白色のライトが降り注ぐ最中、鐘をイメージさせるほどに荘厳な低音のアルペジオがゆっくりと客席に浮遊していく。オープニング・ナンバーは「walk」だ。今を噛み締めるように張り上げて歌う大久保竣介(Vo. Gt.)とフラジャイルな演奏がおびえながらも確実に前進する様子を綴ったかと思えば、ガンガン先頭に飛び出してくる磯田和寿 (Gt.)のギターが背中を後押し。「teenagers」から「youth」へと転がり込む。

「walk」然り、「teenagers」然り、saidの楽曲には大久保の地声ギリギリのロングトーンが配されているが、彼の血管ブチ切れで絶唱する姿は誰かと分かり合いたいと痛々しく告げている。ともすれば、〈さよなら言葉よ さよなら心よ〉と無我の境地に至らんと手を伸ばし、〈僕は何もないような 素晴らしい世界に行くよ〉と歌う「youth」だって、決して自我の喪失を称揚しているわけではないはず。何も言わなくても相手の思いが伝わってきてしまうほどに、私の心があなたの心と同化して消え去ってしまうくらいに、鼓動を、あるいは身体のうねりを感じ取れる距離にいること。そんなゼロ距離のコミュニケーションを心底願っている歌である。

目まぐるしく回転していくリフからバトンを渡された佐山健太(Ba. Cho.)のプレイが血流を加速させる「cut」や、阿部祐馬(Dr. Cho.)の一打一打が大久保の叫びを代弁した「Drunk」を経て、ドロップされた「ears」は山場のひとつだった。〈もう飽きている今世 次回はどんな時代か 祈りは届かない〉とディストピアめいた社会への諦観を記す一方、4分音符で叩かれるビートはどデカく、アンサンブルはフルテンになっていく。〈気取ってないで耳を塞いで〉なんて歌っておきながら、宛先不明の手紙を次々に投函する4人は、どこかでこの祈祷が染み渡ることを信じている。

それは続く「aug」も同じ。〈今日から生まれて死ぬまでの話をし合おうとか 意味なかった〉〈愛を捨てよう〉と綴られたどん底からの声は、逆説的に「愛してくれよ」と訴えかけているよう。だが、決して彼らは天邪鬼なわけではない。言いたくもない言葉を放ってしまう時だってあるし、いつだって本音は隠してばかり。諦めようなんて大人なフリをして、結局諦めきれない。そんなアンビバレントな感傷を往復する昨日と今日と明日の連なりを私たちは日々と呼んでいるはずで、それゆえにsaidの言葉は何よりもリアルだ。

改めて感謝を伝えると共に「また見てえと思ったら、会いに来てください」と指切りを交わすと、夜風を彷彿とさせる冷たい2本のギターが絡み合った。そう、「cycle」である。吐しゃ物の匂いが時折漂う渋谷の街で、人混みでおちおち歩けやしないこの街の片隅で、濁った生活を繰り返す私の猫背へとカメラが向けられていく。何もいらないと投げ捨てて、不幸ばかりだと吐き捨てて、それでも最後に辿り着いた〈不確かな未来に僕が望んだ愛〉〈君に会いに行く〉という数行の美しさたるや。真っ青な会場で最後に鳴らした「22」で、掲げられた無数の拳とビール。あの祝杯が分かり合うことそのものだった。

said 2025/06/07 setlist

1. walk
2. teenagers
3. youth
4. steady
5. cut
6. Drunk
7. sentiment
8. sweat
9. ears
10. Aug
11. cycle
12. 22

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時速36km

「念願でしたsaidとの対バン。嬉しく思っております。今日はよろしくお願いします!」と開幕数秒saidへの敬愛を爆発させた時速36kmは、オープニング・ナンバーに「スーパーソニック」を選択。どこまで言っても俺は俺でしかないという忘れがちな、しかし揺るぎないメッセージが、のっけから唸りまくりの石井開(Gt. Cho.)のリフや、つんのめった合奏を通じて、息つく暇もなく腹を殴ってくる。その声明は、オギノテツ(Ba. Throat)が「大久保さんならもっと弾けるぞ!」と仲川慎之介(Vo. Gt.)を激励した「動物的な暮らし」を終え、披露された「スーパースター」にも宿っているもの。発生した特大チャントは、互いが互いの特別であると知らせ合う両想いの証左だ。

「ギターが咆えてるみたいだったよなぁ」と震える声でsaidのライブを振り返ると、「演奏っつーのは、演奏する人の全てが乗るもんなんだよな。で、そうやって乗ったヤツが良い演奏で、ギターはそういう楽器だと思い出した気がします。もう1回、目が覚めた気持ちです。綺麗なことも汚いことも全てが乗っかった演奏をしたいと思います」と言い放ち、「サテライト」をプレイ。マーチを喚起させる松本ヒデアキ(Dr. Cho.)のビート上で、この先も温もりを繋ぎ止めんとする誓いが紡がれていく。静寂からたっぷりと息を吸って歌われた〈Yellow, yellow〉の一言。4人が絞り出したその絵の具は、どこまでも幸福の色をしていた。

ライブ終盤、このイベントを生み出すキッカケとなったカメラマン・タカギタツヒトへの感謝を伝え、仲川はこう言葉を次ぐ。「バンドなんていうのは、僕らだけじゃできないわけで。今日はたっつーが繋いでくれた日なんだと思うと、そういう気持ちもひとしおです。ミュージシャンだけではない色んな人と出会ってきたことを嚙みしめながら、そういうのを全部音にしながらバンドをやりたいなと」

踏みしめたステージがありとあらゆる過去と結ばれているリアルに目を向け、「Stand in life」から「ここに立つ」を連ねる。大切が廃れていく悲しみに慣れていくことに傷つき〈失くし続けていくお気に入りは 歌にしようと思うよ せめて せめてね〉と呟く「Stand in life」も、並んで歩いてきた盟友たちとの日々を浮かべながら〈ここに立つ〉と強く存在の碑を築く「ここに立つ」も、自らの生を高らかに知らしめるナンバー。どんなに風に吹かれてもここまで2本足で立ってきたのだという報告であり、これからもこの場所に立つという宣誓であり、共に屹立し続けようとするエールでもあったこの2曲は、時速36kmのこれまでとこれからを集積していた。

「俺らもあんなにかっけぇバンドになりたいと思いました!」と「ハロー」で終止符を打つと、アンコールでは「あんときもやってた曲です」と「夢を見ている」を。さんざん現実の雨に打たれて擦り切れていく様を刻んできた2組のツーマンが、〈ずっと夢を見ている 夢を見ている〉と締めくくられる意味。それは、仲川が歌い始めるや否や重なったシンガロングと、大熱唱を受けて笑みを浮かべたメンバーの様子が何よりも分かりやすく伝えていたはず。輝き切れない僕たちは、簡単に割り切れない私たちは、一番だってそうじゃなくたって、確かに光を放っているのだ。

時速36km 2025/06/07 setlist

1. スーパーソニック
2. アンラッキーハッピーエンドロール
3. 動物的な暮らし
4. スーパースター
5. サテライト
6. ジンライム
7. stand in life
8. ここに立つ
9. 七月七日通り
10. ハロー
En. 夢を見ている