Posted on: 2025年8月4日 Posted by: Sleep like a pillow Comments: 0

文=筒井なぎさ
編集=對馬拓
写真=シンマチダ

小田急線のホームから地上階に降り立った瞬間、どこから出たらいいのか一瞬戸惑った。変わり果てた下北沢駅が馴染まない。最近足を運ぶことも多いが、未だにどこが何の改札なのか分からなくなってしまうのは私だけではないはず……。駅の中にはスタイリッシュな飲食店が次々に誕生し、東口前のピーコックは閉店してしまった。会場に向かう道中、塗り替えられてしまう街並みや時の流れの無情さを考えて、少し切なくなる。

今回の目的地は、Oaiko主催の2マン企画シリーズ『みちしるべ』の第4弾、SleepInsideとhardnutsを迎えた下北沢ERA公演。どちらもライブを観るのは初めてだったが、音源がとても良かったし、周囲から絶賛の声も多く寄せられていたのでライブを観たい気持ちはあったが、タイミングが合わずこれまで足を運べずにいたのだった。

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SleepInside

下北沢ERAの階段を4階まで上がり、少々息を切らしながら開演を待つ。開場まもなくして最前で待つ観客がたくさんおり、物販を買う人も多く見かけた。開演10分前にもなると大勢の人で埋め尽くされ、皆静かに、しかし熱い期待を込めてSleepInsideの出番を待っていた。

張り詰めた独特な緊張感が漂う中、ART-SCHOOLの「シャーロット」とともにSleepInsideのメンバーがステージに現れた。静寂を切り裂くようにアルペジオが鳴り響き、「検査キット」でライブが幕を開ける。春の爽やかな風が吹き抜ける休日の下北沢からは想像もつかないほど、会場が一気に湿った空気に塗り替えられた。ローファイな音像の合間を縫って紡がれるクリーンなアルペジオが美しい。

続いて多くのリスナーを熱狂させたキラー・チューン「飛べない天使の羽を切った」で会場の温度を上げたあと、「Medical Care」「カルト宗教」とアルバム『SleepInside』の名曲を次々に披露。音源からは自室に篭って作られたような孤独感があったが、ライブで演奏されると楽曲に血肉が宿り、より人間味のある焦燥感が増す気がする。荒々しさがありながらも緻密なフレーズを再現するクオリティの高さも見事。

そして「インターネットで悲しいニュース見たりとか、つまんないこと言ってるやつ見るとちょっと凹むみたいな。そんな気持ちで作った曲」という「Internet Smells 病気」には、まさしく10年代以降、ネットネイティヴで育った八月のニュース(Vo. Gt.)の感性が強く表れている。〈サイトが嫌いで パスワード書き換えて 全部のもう全部が 何故か嫌になんでしょ〉という歌詞を歪んだギター・サウンドに乗せて歌うこの曲は、まさしく令和流グランジ。続けて演奏された「チェリーパイ」はキメの揃い方が爽快! ワンマンライブを経たからこその鉄壁のアンサンブルが炸裂していた。

アッパーなナンバーで盛り上げ続けていた彼らだが、「要塞都市」から一気にクライマックスのムードに突入。心地よく降り注ぐ轟音で会場を陶酔させたあと、「裸のランチ」でさらに切なさを掻き立てる。美しいメロディと熱情を秘めたギターの音色、そして洪水のように突然溢れ出す激しいドラムのカタルシス。4人の演奏を静かに受け止め、音に委ねながら体を揺らす観客の姿が印象的だった。

ラストで再び熱量を盛り立てる「apartment」まで圧巻。途中のMCで八月のニュースが発した「(2マンライブは)全然勝ち負けじゃないけど、勝ちに来ました」という言葉通り、これまでのキャリアに裏打ちされた自信と、ART-SCHOOLをはじめとする00年代のダウナーなギター・ロックへのリスペクトに溢れた圧巻のライブだった。

SleepInside 2025/05/05 setlist

1. 検査キット
2. 飛べない天使の羽を切った
3. Medical Care
4. カルト宗教
5. コードフォーム
6. Internet Smells 病気
7. チェリーパイ
8. 要塞都市
9. 裸のランチ
10. apartment

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hardnuts

興奮冷めやらぬままhardnutsの出番を待つ。ドキドキしながらステージを眺めていると、Oaikoのスタッフと出演者が「イチオシの平成ソング」を選んだという会場SEで三代目 J Soul Brothers from EXILE TRIBEの「R.Y.U.S.E.I.」が流れ出し、「まさかhardnutsの出番前に聴くときがくるとは……」と少し気分が和んだ。

「R.Y.U.S.E.I.」がちょうど終わる頃に、hardnutsが登場。思わぬ組み合わせに少しざわざわしていたが、そんな空気をものともせず新曲「morphium」から、hardnuts色全開のエモーショナルな切なさで会場を包み込む。そして「iv」と、連続で新曲を披露。エヴァーグリーンな美メロが際立つ「morphium」から一転、「iv」では坪田(Ba.)のシャウトが鋭く突き刺さり、音楽性の幅広さを存分に見せつけられる。繊細なアルペジオからエモやポスト・ロックなどのルーツも感じ、色鮮やかな彼らのアウトプットから目が離せない。

そこからヒグラシの鳴き声が会場にこだまし、「茅蜩と憧憬」を披露。静かなアルペジオをバックに朴訥と語られる上條(Vo. Gt.)のポエトリーリーディング、そこから抑えていた感情が溢れるように鳴り出す激しい轟音のギターとドラムに胸を締め付けられる。ラストでさらに畳み掛ける坪田のシャウトと上條の美しいヴォーカルに感情を揺さぶられ、少し涙ぐんでしまった。

そこから「空白」まで一気に駆け抜けたあと、本ライブ初のMCへ。「KinKi Kidsのサブスクが356曲解禁されたらしくて。hardnutsはサブスクに11曲しかないので、32倍の解禁があったらしいです。今日はKinKi Kidsを聴いて帰ってください」という上條の言葉に、会場からは笑いが。そう言われてみると、hardnutsの音楽からはオルタナティヴを下地にしつつも、平成のJ-POPにも通じる普遍的な魅力を感じる。これまで見聞きしてきた彼らの音楽が絶妙なバランスでアウトプットされているところが、多くの人の心を掴む要因なのかもしれない。

そして、彼らの人気曲「grau」へ。突き抜けるような疾走感とラウドなドラムが3ピース時代のストレイテナーを彷彿とさせ、青春時代を思い出し胸が熱くなった。息ぴったりに揃ったキメも最高に気持ちがいい。続けてまたしても新曲を披露。hardnutsらしいキャッチーなメロを主軸にしつつも、BPM変動のあるトリッキーな構成などフックが散りばめられている。音源化が楽しみで仕方ない。

アップテンポの「Hellblau」でさらに盛り上げたあと、「サンチマンタリスム」で会場の熱気は最高潮に。シャウトパートで拳を掲げる観客の姿もあり、夏の屋外で会場を沸かせている彼らの幻を見た。

爽やかながら焦燥感を感じる「余白」がクライマックスに向けた感傷に浸らせる。続けて新曲をアグレッシブに演奏したのち、本日5曲目(!)の新曲「falter」でメロウにラストを飾る。透明感のあるギターフレーズに、甘酸っぱく胸を締め付けられた。

彼らがステージから捌けたあと、余韻に浸りながらアンコールの拍手をする観客たち。約10秒後、すぐさま再登場したメンバーに優しさが滲み出ていて微笑ましい。そして披露されたのは約1分30秒の高速ナンバー「溶ける」。ここで上條から本ライブ初のシャウトが飛び出し、再び会場が熱気に包まれる。観客からは拍手と歓声があがり、一同大興奮のまま幕を閉じた。

私が音楽にのめり込むようになったきっかけはASIAN KUNG-FU GENERATIONだが、出会ったときにはアリーナやスタジアムでライブをする超有名バンドになっており、下北沢でライブを重ねていた時代はただ他の人の言葉や文献を頼りに想像するしかない。しかし今回のライブは、まさしくアジカンやストレイテナーが “下北沢系” と呼ばれ、多くの才能が同時に萌芽した下北沢が現代に蘇っているような錯覚を覚えた。

時代の移り変わりとともに塗り替えられてしまうものもあるが、00年代のバンドが90年代のバンドに影響を受けたように、下北沢で演奏されてきた音楽が地続きで現代のバンドに受け継がれている。それを色濃く感じるライブだった。自分の青春時代とも繋がっているような気がして、勝手に感慨深い気持ちに浸りながらKinKi Kidsを聴いて帰った。

hardnuts 2025/05/05 setlist

1. morphium
2. iv
3. 茅蜩と憧憬
4. 空白
5. grau
6.新曲(曲名未定)
7. Hellblau
8. サンチマンタリスム
9. 余白
10. 新曲(曲名未定)
11. falter
En. 溶ける