鼓膜いっぱいに広がる濃密なバンド・アンサンブルと、一筋の光のように差し込む幽幻なヴォーカル。寒々とした雰囲気を纏いながらも、音の重なりはどこか温かい。香港発のシューゲイズ / ドリームポップ・バンド、Lucid Expressを一聴すれば、その心地良いサウンドに身を委ねたくなるだろう。
2025年11月29日に開催された「BiKN shibuya 2025」でも没入感溢れる圧巻のパフォーマンスを披露してくれた彼ら。今回、そのライブ直後に話を聞く機会を得た。独自の世界観を持つ作品制作の裏側やワールド・ツアーでの珍事件、そして2月20日にリリースされた2ndアルバム『Instant Comfort』に至るまで──控えめに、しかし楽しそうに話す彼らから見えたのは、進化した表現を突き詰める強靭なストイックさと、「家族のよう」だと語るメンバーどうしの信頼だった。
インタビュー/文=筒井なぎさ
通訳=管梓
編集=對馬拓
* * *
■ 純粋なシューゲイズ・バンドではない
──まずはライブ(「BiKN shibuya 2025」)お疲れ様でした。やってみてどうでしたか?
Andy Tsang(Gt. Cho.) 音がすごく良かった。本当に楽しかったです。雰囲気も良くて、みなさんが音楽に没入しているのを感じました。
──いろんな国でライブをされていると思いますが、日本のライブ特有だと思うところはありますか?
Andy 曲が終わるまですごく静か。
Kim Ho(Vo. Syn.) 他の国のお客さんは曲中の静かなところで「フゥーッ!」って言ったりするし。
──では、基本的な部分からお伺いしたいと思うのですが、バンドはどうやって結成したんでしょうか?
Kim Andyが始めたんだよね。
Andy まず、僕が香港のネットのバンド掲示板でSamuel(Ba.)とWai(Dr.)の兄弟と知り合って、一緒にたくさんカバーをやっていて。その数年後に僕が音楽の専門学校に進学したんですけど、その同級生がSky(Gt.)とKimで。2人を加えて一緒にやってみようとなり、今のバンドになりました。
──みなさんの音楽の趣味は最初から一致してましたか?
Kim みんな結構違うよね。
Andy 僕はもともとX JAPANやLUNA SEAとかのヴィジュアル系に出自があったんですけど、WaiやSamuelに出会ったことによってもっと大人しく演奏するようになりました。それこそトレモロ・バーの使い方を覚えたり。
──WaiとSamuelは元々シューゲイズやドリームポップが好きだった?
Samuel Chan(Ba.) 僕はWaiがきっかけでシューゲイズにのめり込んで、My Bloody ValentineとかSlowdiveを他のメンバーに勧めたりして。そこからみんながもっとコンテンポラリーなサウンドとシューゲイズの融合を試みるようになりました。
──確かに、Lucid Expressの音楽を聴いていて、シューゲイズの中にもニューウェイヴとかインディー・ロックとか、いろんなルーツを感じました。具体的にみなさんが影響を受けたバンドやアーティストはいますか?
Sky Kung(Gt.) Yuckかな?
Wai Chan(Dr.) 僕はYo La Tengo。
Kim 私はThe Drums。ここ数年はYo La TengoとかDinosaur Jr.をよく聴いてます。
Samuel Fleeting Joys、The Bilinda Butchers、DIIVとか……あと、個人的にはTychoかな。ベース・ラインがすごくキャッチーなので、その影響を受けてます。
Andy アレンジの方法論に関してはNew Orderの影響がかなりあります。あとはジョニー・マー(The Smiths)。
──そのあたりのルーツを取り入れよう、というのは意識しているんでしょうか。
Andy 特に改名前の「Thud」時代に出した最初のEP『Floret』では、New Orderみたいにサンプラーを積極的に使って……例えばスネアにドラム・マシーンのサンプルを使ったりとか、そういう要素を導入しようとしていました。ニューウェイヴのアップテンポだけど物悲しい感じと、アンビエント、シューゲイズ、ドリームポップの空気感を融合させたいと思ってましたね。
Kim 私たちは “シューゲイズの影響を受けているバンド” と名乗ることが多くて、実際には純粋なシューゲイズ・バンドだと思うことはそんなにないです。
──ちなみに、みなさんが楽器を始めたきっかけのバンドやアーティストはいますか?
Andy 父親が元々ギターを弾いていたんですけど、僕が12歳になったときに「何か楽器をやりなさい」と言われて。家にギターがあるからちょうどいいか、と思ってギターを始めました。だから影響を受けたのは父親からかな。
Kim 私は幼少期からピアノを習っていたので、それが直接のきっかけですね。
Samuel 僕たち(SamielとWai)はLinkin Park、Foo Fighters、Museだったりを一緒に聴いてました。
Sky 僕は教会の伴奏でギターを弾いていたんですけど、そこで押尾コータローをアコースティック・ギターで指弾きしてました。Lucid Expressに入るまではバンドはそんなに聴いていなかったです。
■ 常に新しいことを試している
──EP『Floret』のポップで少しチープなサウンドから、次作の1stアルバム『Lucid Express』からはバンド・サウンドを主軸にした、より重厚な雰囲気にがらっと変わりましたよね。
Kim 単純に成長する必要があったという感じです。
Sky 『Floret』を出したときはまだライブの経験も浅くて、他のアーティストと共演したこともそんなになくて。
Samuel その後ライブの経験を重ねていく中で、他のアーティストから影響を受けたのもありサウンドが変化していったことが大きいです。
Andy あとはStrymon(ストライモン)の「TIMELINE」っていうディレイ・ペダルを買い足したのもあるかも。
──ニュー・アルバム『Instant Comfort』も、前作からまた音楽性が変わっている印象を受けました。全体的にさらに深みが増していると思ったんですが、轟音が激しい曲もあればメロディを聴かせる美しい曲もあって。アルバムのコンセプトや目指していたサウンドのイメージなどはありますか?
Kim 今回のアルバムはとにかく新しいサウンドを取り入れたくて。フルートやテルミンだったり、ラップ・スティール・ギターだったりとかなり色々な楽器を導入したので、それが深みを増している要素なのかなと。あとはヴォーカル・ハーモニーの追求にかなり時間をかけました。
──新しい楽器を取り入れようと思ったのは、他のバンドからの影響だったりするんでしょうか?
Kim 今までやっていることに飽きてきたので、ただ新しいサウンドをやってみたいと思ったんじゃないかな。
Andy あとは今までトレモロ・バーをいっぱい使っていたんですが、例えばスティール・ギターをエフェクトに繋ぐと、もっと細かくマイクロ・トーンのレベルでピッチの変化を出せるのを発見したりして、そういうサウンドの変化を追求してみたくなったというのもあります。
──『Instant Comfort』のプレスリリースには、Kimが恋人、友人、そして「ありえたかもしれない関係」について歌詞を書いた、と紹介されていたんですが、それについてはどうですか?
Kim 歌詞の下敷きになっているのは実体験ではあるんですけど、かなり脚色されているところもあって。あくまでも実体験はインスピレーションというだけなので、歌詞の全てが本当というわけではないです。何か具体的なテーマがあるというよりは、解釈の余地がある歌詞を書きたいと思っていました。だから恋とか友情というよりは、人生全般についての歌が多いと思います。
──作詞作曲のスタイルは、活動を始めてから変化はありましたか?
Kim 変わったと思います。昔はなんとなくで口ずさんだり、簡単に言葉を当てはめたりしていたんですけど、今作では一旦録った曲を持ち帰って、自分が納得いくまでメロディを練り直していたので言葉も納得がいくものを当てはめる必要があって。そういう意味では昔からアプローチはかなり変わりました。
──今作ではメロディや歌詞により重きを置こうと。
Kim そうですね。昔はメロディにしても歌詞にしても自信がなかったのが、2年ほどクラシックの声楽の指導を受けたことで自信を持てるようになって。ちゃんと自分の声や言葉を届けたい、ヴォーカルのハーモニーにもっとこだわりたいと思うようになりました。あとはシューゲイズ系のバンドで、ヴォーカルがクリアでメロディアスな感じのバンドは少ない印象なので、そこを追求したくなったのもある。その結果、他のバンドと差別化できている部分があると思います。
──音源制作からレコーディングまではどういう流れで行っているんでしょうか。
Andy まず僕が楽曲のもとになる10%くらいの完成度のデモをメンバー全員に送って、それに対して各々がアイデアを出して、納得がいくアイデアを取捨選択して、みんなでアレンジを詰めて……っていう感じで進めています。
Sky レコーディングに関しては、自分たちが普段練習をしているスペースで行うんですが、この部屋はちゃんとした防音設備がなくて。 音響的な処理もされていないので、ドラムに関してもかなりラフな雰囲気で録れています。常に新しいことを試したいので、ちゃんとしたスタジオで短時間で集中して取り組むというスタイルにあんまり向いていないんです。 今までの作品だとプラグインを使ってギターを処理したりしていたんですけど、今回はアナログの機材で録って。 特にマイクやプリアンプにこだわって制作していたので、こういう場合には試行錯誤する時間が自由に取れるっていうのが大事だなと思います。
──その練習スペースはメンバーの自宅とか?
Kim 5人で割り勘して借りてる場所なので、我々5人の所有物です。そこに録音機材を持ち込んでレコーディングしています。
──前作のレコーディングでは、みなさんが深夜勤務だったので、深夜0時〜4時くらいにレコーディングしていたとインタビュー(*1)で読みました。今回も深夜のレコーディングはあったんですか?
*1:https://www.getalternative.com/interview-lucid-express/
Samuel 今回は各々バラバラに録ったので、時間があるときにスタジオに丸一日入る感じでした。
──レコーディングにはどれくらいの期間がかかりましたか?
Samuel 1年以上……? 常に新しいことを試しているので、たくさんのバージョンが生まれてしまって、それで時間がかかりました。
Kim 次の作品はもう少し早くできるはず……。
──録りながらアレンジを考えて詰めていくっていうのがみなさんの制作スタイルなんですね。
Andy レコーディングの時点でアレンジは90%ぐらい詰めてはいるんですけど、録って聴き返していく中で、僕が問題点や改善できそうなところを見つけて、残りの10%がレコーディングで変わっていくという感じですね。
Wai で、Andyが常に改善点を見つけて、完璧にこだわりすぎるところが問題。
Andy 例えば、僕のギターとSamuelのベースを一緒に録ったときに、どちらかが間違っているんだけど、僕としてはその間違っている方が面白いかもしれないと思い、そこに合わせて何ができるかを各々考えることになって時間がかかる。
──じゃあAndyが最終関門?
Kim Andyが、っていうより、各々の中にそれぞれ最終関門があるっていう感じかな。私はヴォーカルがそれ。笑
Wai 一方で、Andyが無理やり何テイクもドラムを叩かせたりして、完璧を追求したりする場面もありますね。
■ どこだろうと音楽をやっていく
──前作のリリースから4年が経ちましたが、みなさんの環境や心持ちに変化はありましたか?
Kim 各々の環境の変化がめちゃめちゃ大きくて。 例えばAndyが結婚したり、Skyは香港のエクスペリメンタル・ミュージックの大御所になったり、WaiとSamuelは人気のレストランを経営していたり。私は特に大きな変化はないんだけど。笑 そういう感じで各々に大きな変化があって、それが今作の制作にもかなり影響していると思います。
──レストランってどういうお店なんですか?
Kim 「ADO洋食屋」(*2)っていう日本食レストラン。
*2:https://www.instagram.com/ado_yoshokuya/
──すごい! 店名はLucid Expressの曲名(『Lucid Express』収録の「Ado」)から取ってるんですか?
Wai そうだよ。
──前作は香港の社会情勢やコロナ禍など、社会的にも色々と動きがあった中で制作されたと目にしました。今作ではそういう社会情勢が影響を与えた部分はありますか?
Kim 前作にしても本作にしても、たまたまそういう状況下で制作をしたというだけで、特に作品自体には社会情勢の影響があるわけではないですね。
──ちなみに今、日本のインディー・シーンではシューゲイズが人気ですが、香港はどうですか?
Andy 香港はそんなにシューゲイズが流行っているわけではなくて、インディー・シーン自体の規模も小さくなってきているように感じます。ライブハウスが減ってきていて、インディー・バンドのライブのチケットも300HKD(6,000円程度)と高くて、気軽に観に行けるような感じではなくなってきているし、今活動しているバンドも身内ノリみたいな感じで。1年に3〜5回地元でライブをすると、いつも同じお客さんしかいないという感じです。
Kim 流行でいうと日本とか韓国の音楽が流行ってますね。
──バンドとしてはもっと世界を見据えて活動していきたいという気持ちはありますか?
Kim もちろん香港のオーディエンスは自分たちにとってはずっと特別なものであり続けると思いますが、音楽を始めたときから香港のオーディエンスにこだわりがあったわけではなく、音楽を聴いてくれさえすれば人は選ばない。 どこが相手だろうと自分たちは音楽をやっていくし、それが別に香港中心の活動でなくても全然構わないです。
──今後ライブをやってみたい国や地域はありますか?
Kim 行ったことない国でいうと、モンゴル。毎年夏に良質な音楽フェスがあって、それに出ているバンドも素晴らしいから出てみたい。あとはスペイン、オーストラリア。あと、実は台湾でライブをしたときにビザの申請に失敗して。
Sky プロモーターがちょっと杜撰だったんだっけ?
Kim そう、それでSkyだけ香港に置いてきてしまって。笑 今度は5人で台湾に行きたいです。
──そんなアクシデントが……! ちなみに、海外ツアー中に印象に残っているアクシデントは他にあったりしますか?
Kim オランダのロッテルダムでライブをしたときにホステルに泊まったんですけど、安いホステルだったから、狭い部屋に10人分の二段ベッドがあるという感じで、知らない観光客も同じ部屋に泊まってたんです。 で、ライブを終えて部屋に戻ってきたのが夜中だったんですけど、Samuelの向かいのベッドで寝ている人がその……夜通し自慰行為をしていて……。
Samuel しかもその動作がシルエットでずっと見えるんですよ。それで一睡もできなくて災難だったっていう。笑
Kim あとはテキサスのエルパソでライブをしたときに外の喫煙所でタバコを吸っていたら、全然知らない女の子が来て。 タバコを一緒に吸いながら「私の家来る?」ってナンパしてきたんだよね。
Sky ファンとそういう関係を持つことは避けたいので、当然断りました。
Andy あ、あともう一個ある! 僕が覚えているのは、USツアーの最終日。ライブ後に車を2〜3時間走らせてて。 運転をしてたのがSamuelだったんだけど、運転中にうっかり居眠りをして、全員死にかけた。笑
──無事で良かった。笑 そういえば、日本に来てから観光はしましたか?
Kim Andy、Samuel、Waiは1週間前に日本に来ていたので、買い物とかをしてました。
Andy それこそ、僕が今日ライブで使っていたGibson Explorerは渋谷で新しく買ったものです。 めちゃめちゃ高かったけど、他に手に入れる場所がないので買うしかなかった。
■ バンドは家族、祝福
──みなさんにとって、このバンドはどういう存在ですか?
Sky 普段自分が演奏している他の場だと、自分が何をしていて、それで何を成し遂げようとしているのかをどうしても考えないといけない。でもバンドで演奏しているときはもっと自由でエモい感じになれるので、自由に演奏を楽しめる存在です。
Andy 僕は自分の頭の中にあるイメージを、このバンドを通してかなり形にできていて。でもそれはこの4人の存在があってこそなので、自分にとってバンドはそういうイメージを形にできる場です。
Wai 普段、香港では自分はただのシェフに過ぎないので、こうして音楽を作って世界中を飛び回るというのは、このバンドがなかったら考えられないこと。そういう意味では、このバンドの存在は自分にとって祝福です。
Kim 私にとってこのバンドは、世界中を旅して回って、いろんな友達を作れる場なので。 人生の大きな一部で、家族のような存在です。

──素敵ですね。今作『Instant Comfort』はすごく美しいアルバムで、さらにバンドが飛躍するきっかけになる一枚だと思っています。今後のバンドの展望や目標はいかがでしょうか。
Kim 次のライブがアルバムのリリース当日の2月20日、スペシャル・ゲストにDYGLを招いたリリース・パーティーなんです。前回より大きな500人キャパの会場でのライブになるので、それを成功させたい(*3)。 あとは3月に再びアメリカ・ツアーに出るので、それを成功させることが短期的な目標ですね。
*3:インタビュー時は開催前。
──DYGLとの共演は日本でも話題になっていましたね! どういう経緯で呼ぶことになったんですか?
Kim 元々DYGLのベースの加地(洋太朗)くんと、8年前の中国ツアーで知り合ってから仲良くなって。 ずっとライブをしたいと思ってたんだけど、2年前にDYGLが香港でライブをしたときにはもうすでに共演バンドが決まっていて、残念ながら私たちは出演できなかったんです。で、DYGLと中国で再会したときに「今回の中国ツアーはなんで香港のライブがないの?」って聞いたら、プロモーターの都合とかで香港に行くことができなかったと返ってきて。 「だったらちょうど自分たちのリリース公演があるからそれに出てくれない? 」ということで誘ったら引き受けてくれた。こうして友達ができるのが、バンドをやっていることの大きなメリットの一つですね。あくまで「前座」ではなくて、対等な立場でやりたいと考えています。DYGLは香港でもファンがたくさんいると思うので、一緒にできて嬉しいです。
──では、最後にこれを読んでいるファンのみなさんにメッセージをお願いします。
Kim いつも私たちの音楽を聴いて応援してくれてありがとうございます。『Instant Comfort』を聴いて、アルバム名の通り「安らぎ」を感じてもらえたらとても嬉しいです。
■ Release

Lucid Express – Instant Comfort
□ レーベル:Kanine Records / P-VINE
□ 仕様:CD / LP / Digital
□ 品番:PCD-25508 *CD / PLP-8294CB *LP
□ 価格:¥2,750 *CD / ¥5,060 *LP
□ リリース日:2026年2月20日(金)
□ トラックリスト:
1. Promise Me
2. Take Heart
3. Something Blue
4. Setback
5. Stars In The Car
6. Aster
7. Faux Sweetness
8. Dark Glass
9. Instant Comfort
■ Profile

Lucid Express
Kim Ho(Vo. Syn.)
Andy Tsang(Gt. Cho.)
Sky Kung(Gt.)
Samuel Chan(Ba.)
Wai Chan(Dr.)
Author

