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	<title>Review &#8211; Sleep like a pillow</title>
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		<title>Review // UNCIVILIZED GIRLS MEMORY &#8211; HEAVEN（2023）</title>
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		<dc:creator><![CDATA[鴉鷺]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 11 Oct 2023 11:37:58 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[Review]]></category>
		<category><![CDATA[UNCIVILIZED GIRLS MEMORY]]></category>
		<category><![CDATA[[…]dotsmark]]></category>
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					<description><![CDATA[Label &#8211; […]dotsmarkRelease &#8211; 2023/10/18 東京を拠点に活動するアート／ノイズ・コレクティヴ、UCGMことUNCIVILIZED GIRLS MEMORYによる1stフルアルバム。暗鬱さ、倦怠、厭世など、どの時代にも普遍的に広がるそれらの想念は姿や形を変え、まさにクロソウスキーが語る“変身／変貌の根源的な悪魔性”の体現のように、我々の精神の運行に快楽と楽しみ、美と腐乱をもたらしつつ、同時に生を望見する際の柔らかい鎖のように運動している。 だが現在、その様相は運動としての性質を変えている。それらは美、崇高、別の世界への憧れと接着され、天使的なもの、天使的な意匠が遍在し、ロマン主義が再び蘇り、（一般性としての）大きなものが瓦解する中で、旧来性と現在性の討論のように、極めて特異な次元に到達しつつある（例えば相対性理論が、思弁が回帰する地点としての聖者＝キリストの位置に少年を置いていることを注視してほしい）。 孵卵器の卵は孵るために存在する。その中の胚子は生に向かうことが運命付けられている。そしてそれは生に向かう。これが現実の原則である。だが、Uncivilized Girl’s Memory（以下UCGM）が内包する胚子は天使のそれだ。現実原則を軽やかに裏切る沈鬱、アナーキー、崇高の造形物として、（本来は）ひとの形をしているかどうかも疑わしい、獣的で崇高な媒介が胚子として存在していること。その天使は何者なのか。 丹生谷貴志は『砂漠の小舟』で純粋な媒介として、神と世界を分裂させる（もしくはどちらかが消滅する）際の外部性＝神との架け橋としての天使を記述した。それは極めて無神論的な思弁で、スピノザ神学すら転倒した無神論として扱われる。 それと比較すると、まず前提としてUCGMも（恐らく）無神論者である。UCGMのアティテュードと丹生谷貴志の明確な差異、つまりUCGMの志向性は崇高と獣性が混交するような、換骨奪胎の意志だろう。その地点にUCGMの天使が居る。 以下、聴取体験について記述したい。予感としての暗さ、それを支える無調の音響という、僕が（あるいは普遍的に人間が？）抱える原的な音響のイメージというものがある。最初のトラックである「Incubetor」の微かな、断片性を抱えた無調の（非）アンビエンスはまさにその想念の空間に働きかけるもので、音響としてはFrancisco Lopezのような思弁的でソリッドでありつつ美しさを内包するようなサウンド・アートや、Zbgniew Karkorskiのようなラップトップ・ノイズの作家を想起させる。だが、このトラックに響いているものがその点だけで語れないのは、UCGMの音楽／ノイズが抱える、天国への蓋も地底への底も抜けてしまったような、同時に倒錯した部類のゴシックでもあるようなヴィジョンと、Incapacitantsなどに代表されるような日本におけるノイズの諧謔性が同時に提示されている点だろう。この予感的な暗さと諧謔が孵卵器であることの意味が、ある部分でこの作品の主題を支えている。もしくは、序文として言明されている。オープニング・トラックであり、文字通りの孵卵器である。 そして「Ode to the angels embryo」に作品が進む。空間と意識、善悪の境界、彼岸とこちら側の境界を切り裂くような声が展開され、同時にデプレッシヴ・スイサイダル・ブラックメタル（DSBM）由来であろう暗鬱の恍惚と向こう側の随想を表現し、頽廃の空間を叙景するギターが響き始める。事前にUCGMの首謀者であるYuki Tamano氏に伺ったところ、“DSBM的な退廃主義とポスト・インターネット以降のハイパー感を所謂ジャパノイズ的な系譜に密輸すること”をコンテキスト、コンセプトとして抱えているらしい。天使の胚子に対する頌歌は、昏い時刻、一般性の空間が消失し、夜に蠢くものが跋扈し始めた後の時間を描出し始める。 「エス」は、某ノベルゲームの収録楽曲のカバーである。その作品に通底する昏いセカイ系としてのリリシズムを直截的に引き継ぐような、ノイズと叙情が入り交じる旋律と、向こう側を幻視しつつ飽和するような男性の声、リリカルで昏い天空の電子音響が、断続性と断面性、時間に対する先鋭的なアプローチを内包する、コラージュ的な構成で進行していく。この声、呪術的で飽和した、唸りとも囁きとも違う特異な声の起源の一つとして、GRIMの存在を挙げられるだろう。それ以降のUCGMの特異性は、神が死に（そもそも存在しない？）、天使が姿と意味を変え、闇と光が境界と、各々が各々である在り方を融解させた、天上と地上の境界線の崩壊以降の暗黒の景を描くことと、その声が結びついていることだろう。「エス」は特に、セカイ系とクトゥルフが入り交じる昏い叙情を主題の一つとして持つカバー元のノベルゲームとの交錯から、その要素が前景化している。 続く「Raven」では、彼らのノイズ・ユニットとしての獣性が芽吹き始める。このトラックは一つの予兆と言えるだろう。サウンド・アートとラップトップ・ノイズ、闇に染まったAlva Notoのようなクリック・ノイズ、昏いアンビエンスがDSBM以降の沈鬱と接着され、UCGMの漆黒と滅紫のヴィジョンを叙景する。腐食インダストリアル的な意匠とサウンド・アート以降の音響の折衷としても秀逸だろう。 そして、ノイズ・ミュージックの一つの王道であるカットアップ・ハーシュとパワエレ的な声の饗宴としての「R0G0B255」に進行する。タイトルを直截的に解釈すると、純粋な、他の色の混じらない青である。沈鬱と情報過多、時間の消失／飽和が断続と連続を持って展開する中で、瞬間的な暗闇が出来ることが、“青”というイメージを伴うことの意味。ここにUCGMの詩情があるのではないか。彼らはハーシュ／パワエレに付き纏ってきた暴力性や表象から完全に離脱しており、同時に詩情と、天と地が暗闇に溶ける遠景／近景に向かいながら美しい黒を描くアートの脈動である。彼らが選び取る言葉と意匠には、天使の胚子、エス（フロイトの用語で、エスから自我と超自我が分化するとされる）、頌歌、純粋な青、天国など、極めて純粋な詩情と美しさがある。在籍されているTamano氏が短歌と現代詩への造詣を抱える人物であることも強く作用しているだろう。ここにハーシュ／パワエレの一つの未来形がある。 「Etude for heaven」では、崩落するギター・インプロヴィゼーションと声、背景的なノイズの交錯を聴くことができる。破滅的なデレク・ベイリー、暗闇に溶けたノエル・アクションテとでも言うべきか、高密度で展開されるギターとノイズがコラージュされる快楽と倦怠の時間は、この作品の明確な間奏である。 「Reserved death」で聴こえるVasiliskのような儀式性と絶叫は、この作品のノイズの圧力とは別の、テンションの一つの極だろう。腐食インダストリアル的な、リズムが脈動するノイズを背景に、エクストリームと飽和の音響としての存在であり、同時に欠落することを拒否するような、喪を内包しているような、人間の表現としての声が展開されるこのトラックは、構成それ自体にそこまで起伏がある訳ではなく、どちらかというと持続的で抑揚を抑えた表現であるにも関わらず、聴き手の感情を極点に導く。それは、まさしくリチュアルであることを意味するのではないか。“予約された死”、つまり人間に普遍的に運命付けられた死に対する抵抗と受容、向き合うこと、触れることについての儀式である。 「Cadenza」で即興演奏された天国についての序曲を迎え、作品はタイトル・トラックである「Heaven」に至る。このトラックが、Sleep like a pillowというシューゲイザーを専門とするメディアで筆者がUCGMについての記事を書くことになったきっかけである。このトラックに内在しているのは、前述した天と地の境界が溶けるような、そこに神は居らず、ひとの姿ではない天使が跋扈するようなUCGMの作品が抱える景と、それが現実に降りてくるような夢の表現である。Jefre-Cantu Ledesma『Love Streems』を想起させつつ、同時に前述した景の夢を表象させ、同時にゴシックとイーサリアルが存在の統合を遂げたような音響を表出し、そこにハーシュ／パワエレ以降のエクストリームな声が重なる、というだけでもこのトラックの音楽的な構造の素晴らしさはご理解いただけると思う。その夢と景、ゴシックとイーサリアル、エクストリームな声（つまりノイズ以降の表現である）が重なる在り方は既にシューゲイザーに接近しており、愛なき世界の闇の底、美と腐乱の婚姻の表現のように、作中随一の美しい瞬間として響いている。 そして「ex.Heaven」、つまり変容した天国以降の、暗黒のサウンドスケープを持ってこのアルバムは幕を閉じる。 作品の総体として言えるのは、冒頭で記述した換骨奪胎の意志のように、天使や天国の存在のような、神が創ったとされる美しいもののコピーライトを鮮やかに簒奪するような意志の内在である。キリスト教への正統的ではない、笠原芳光が『塚本邦雄論―逆信仰の歌』で言及するような、塚本邦雄における神を信仰せず、涜神と否定することを信仰し、人間としてのイエスを愛するような“逆信仰”のようなものとも映るし、同時にゴシック・カルチャーにおける十字架の用法のような、倒錯したイーサリアルへの憧憬にも見える。この美しいノイズの結晶を、是非体験するべきだろう。 ■ Release UNCIVILIZED GIRLS MEMORY – HEAVEN □ レーベル：[…]dotsmark□ 品番：OOO-50□ 仕様：CD / Digital□ 価格：¥2,200（税込）□ リリース：2023/10/18 □ トラックリスト：1. Incubator2. Ode to the angels embryo3. エス4. Raven5. R0G0B2556. Etude for heaven7. Reserved&#8230;]]></description>
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<p class="has-text-align-center">Label &#8211; […]dotsmark<br>Release &#8211; 2023/10/18</p>



<p class="has-text-align-justify">東京を拠点に活動するアート／ノイズ・コレクティヴ、UCGMことUNCIVILIZED GIRLS MEMORYによる1stフルアルバム。暗鬱さ、倦怠、厭世など、どの時代にも普遍的に広がるそれらの想念は姿や形を変え、まさにクロソウスキーが語る“変身／変貌の根源的な悪魔性”の体現のように、我々の精神の運行に快楽と楽しみ、美と腐乱をもたらしつつ、同時に生を望見する際の柔らかい鎖のように運動している。</p>



<p class="has-text-align-justify">だが現在、その様相は運動としての性質を変えている。それらは美、崇高、別の世界への憧れと接着され、天使的なもの、天使的な意匠が遍在し、ロマン主義が再び蘇り、（一般性としての）大きなものが瓦解する中で、旧来性と現在性の討論のように、極めて特異な次元に到達しつつある（例えば相対性理論が、思弁が回帰する地点としての聖者＝キリストの位置に少年を置いていることを注視してほしい）。</p>



<p class="has-text-align-justify">孵卵器の卵は孵るために存在する。その中の胚子は生に向かうことが運命付けられている。そしてそれは生に向かう。これが現実の原則である。だが、Uncivilized Girl’s Memory（以下UCGM）が内包する胚子は天使のそれだ。現実原則を軽やかに裏切る沈鬱、アナーキー、崇高の造形物として、（本来は）ひとの形をしているかどうかも疑わしい、獣的で崇高な媒介が胚子として存在していること。その天使は何者なのか。</p>



<p class="has-text-align-justify">丹生谷貴志は『砂漠の小舟』で純粋な媒介として、神と世界を分裂させる（もしくはどちらかが消滅する）際の外部性＝神との架け橋としての天使を記述した。それは極めて無神論的な思弁で、スピノザ神学すら転倒した無神論として扱われる。</p>



<p class="has-text-align-justify">それと比較すると、まず前提としてUCGMも（恐らく）無神論者である。UCGMのアティテュードと丹生谷貴志の明確な差異、つまりUCGMの志向性は崇高と獣性が混交するような、換骨奪胎の意志だろう。その地点にUCGMの天使が居る。</p>



<p class="has-text-align-justify">以下、聴取体験について記述したい。予感としての暗さ、それを支える無調の音響という、僕が（あるいは普遍的に人間が？）抱える原的な音響のイメージというものがある。最初のトラックである「Incubetor」の微かな、断片性を抱えた無調の（非）アンビエンスはまさにその想念の空間に働きかけるもので、音響としてはFrancisco Lopezのような思弁的でソリッドでありつつ美しさを内包するようなサウンド・アートや、Zbgniew Karkorskiのようなラップトップ・ノイズの作家を想起させる。だが、このトラックに響いているものがその点だけで語れないのは、UCGMの音楽／ノイズが抱える、天国への蓋も地底への底も抜けてしまったような、同時に倒錯した部類のゴシックでもあるようなヴィジョンと、Incapacitantsなどに代表されるような日本におけるノイズの諧謔性が同時に提示されている点だろう。この予感的な暗さと諧謔が孵卵器であることの意味が、ある部分でこの作品の主題を支えている。もしくは、序文として言明されている。オープニング・トラックであり、文字通りの孵卵器である。</p>



<p class="has-text-align-justify">そして「Ode to the angels embryo」に作品が進む。空間と意識、善悪の境界、彼岸とこちら側の境界を切り裂くような声が展開され、同時にデプレッシヴ・スイサイダル・ブラックメタル（DSBM）由来であろう暗鬱の恍惚と向こう側の随想を表現し、頽廃の空間を叙景するギターが響き始める。事前にUCGMの首謀者であるYuki Tamano氏に伺ったところ、“DSBM的な退廃主義とポスト・インターネット以降のハイパー感を所謂ジャパノイズ的な系譜に密輸すること”をコンテキスト、コンセプトとして抱えているらしい。天使の胚子に対する頌歌は、昏い時刻、一般性の空間が消失し、夜に蠢くものが跋扈し始めた後の時間を描出し始める。</p>



<p class="has-text-align-justify">「エス」は、某ノベルゲームの収録楽曲のカバーである。その作品に通底する昏いセカイ系としてのリリシズムを直截的に引き継ぐような、ノイズと叙情が入り交じる旋律と、向こう側を幻視しつつ飽和するような男性の声、リリカルで昏い天空の電子音響が、断続性と断面性、時間に対する先鋭的なアプローチを内包する、コラージュ的な構成で進行していく。この声、呪術的で飽和した、唸りとも囁きとも違う特異な声の起源の一つとして、GRIMの存在を挙げられるだろう。それ以降のUCGMの特異性は、神が死に（そもそも存在しない？）、天使が姿と意味を変え、闇と光が境界と、各々が各々である在り方を融解させた、天上と地上の境界線の崩壊以降の暗黒の景を描くことと、その声が結びついていることだろう。「エス」は特に、セカイ系とクトゥルフが入り交じる昏い叙情を主題の一つとして持つカバー元のノベルゲームとの交錯から、その要素が前景化している。</p>



<p class="has-text-align-justify">続く「Raven」では、彼らのノイズ・ユニットとしての獣性が芽吹き始める。このトラックは一つの予兆と言えるだろう。サウンド・アートとラップトップ・ノイズ、闇に染まったAlva Notoのようなクリック・ノイズ、昏いアンビエンスがDSBM以降の沈鬱と接着され、UCGMの漆黒と滅紫のヴィジョンを叙景する。腐食インダストリアル的な意匠とサウンド・アート以降の音響の折衷としても秀逸だろう。</p>



<p class="has-text-align-justify">そして、ノイズ・ミュージックの一つの王道であるカットアップ・ハーシュとパワエレ的な声の饗宴としての「R0G0B255」に進行する。タイトルを直截的に解釈すると、純粋な、他の色の混じらない青である。沈鬱と情報過多、時間の消失／飽和が断続と連続を持って展開する中で、瞬間的な暗闇が出来ることが、“青”というイメージを伴うことの意味。ここにUCGMの詩情があるのではないか。彼らはハーシュ／パワエレに付き纏ってきた暴力性や表象から完全に離脱しており、同時に詩情と、天と地が暗闇に溶ける遠景／近景に向かいながら美しい黒を描くアートの脈動である。彼らが選び取る言葉と意匠には、天使の胚子、エス（フロイトの用語で、エスから自我と超自我が分化するとされる）、頌歌、純粋な青、天国など、極めて純粋な詩情と美しさがある。在籍されているTamano氏が短歌と現代詩への造詣を抱える人物であることも強く作用しているだろう。ここにハーシュ／パワエレの一つの未来形がある。</p>



<p class="has-text-align-justify">「Etude for heaven」では、崩落するギター・インプロヴィゼーションと声、背景的なノイズの交錯を聴くことができる。破滅的なデレク・ベイリー、暗闇に溶けたノエル・アクションテとでも言うべきか、高密度で展開されるギターとノイズがコラージュされる快楽と倦怠の時間は、この作品の明確な間奏である。</p>



<p class="has-text-align-justify">「Reserved death」で聴こえるVasiliskのような儀式性と絶叫は、この作品のノイズの圧力とは別の、テンションの一つの極だろう。腐食インダストリアル的な、リズムが脈動するノイズを背景に、エクストリームと飽和の音響としての存在であり、同時に欠落することを拒否するような、喪を内包しているような、人間の表現としての声が展開されるこのトラックは、構成それ自体にそこまで起伏がある訳ではなく、どちらかというと持続的で抑揚を抑えた表現であるにも関わらず、聴き手の感情を極点に導く。それは、まさしくリチュアルであることを意味するのではないか。“予約された死”、つまり人間に普遍的に運命付けられた死に対する抵抗と受容、向き合うこと、触れることについての儀式である。</p>



<p class="has-text-align-justify">「Cadenza」で即興演奏された天国についての序曲を迎え、作品はタイトル・トラックである「Heaven」に至る。このトラックが、Sleep like a pillowというシューゲイザーを専門とするメディアで筆者がUCGMについての記事を書くことになったきっかけである。このトラックに内在しているのは、前述した天と地の境界が溶けるような、そこに神は居らず、ひとの姿ではない天使が跋扈するようなUCGMの作品が抱える景と、それが現実に降りてくるような夢の表現である。Jefre-Cantu Ledesma『Love Streems』を想起させつつ、同時に前述した景の夢を表象させ、同時にゴシックとイーサリアルが存在の統合を遂げたような音響を表出し、そこにハーシュ／パワエレ以降のエクストリームな声が重なる、というだけでもこのトラックの音楽的な構造の素晴らしさはご理解いただけると思う。その夢と景、ゴシックとイーサリアル、エクストリームな声（つまりノイズ以降の表現である）が重なる在り方は既にシューゲイザーに接近しており、愛なき世界の闇の底、美と腐乱の婚姻の表現のように、作中随一の美しい瞬間として響いている。</p>



<p class="has-text-align-justify">そして「ex.Heaven」、つまり変容した天国以降の、暗黒のサウンドスケープを持ってこのアルバムは幕を閉じる。</p>



<p class="has-text-align-justify">作品の総体として言えるのは、冒頭で記述した換骨奪胎の意志のように、天使や天国の存在のような、神が創ったとされる美しいもののコピーライトを鮮やかに簒奪するような意志の内在である。キリスト教への正統的ではない、笠原芳光が『塚本邦雄論―逆信仰の歌』で言及するような、塚本邦雄における神を信仰せず、涜神と否定することを信仰し、人間としてのイエスを愛するような“逆信仰”のようなものとも映るし、同時にゴシック・カルチャーにおける十字架の用法のような、倒錯したイーサリアルへの憧憬にも見える。この美しいノイズの結晶を、是非体験するべきだろう。</p>



<h4>■ Release</h4>



<div class="wp-block-columns">
<div class="wp-block-column">
<figure class="wp-block-image size-large"><img loading="lazy" width="1024" height="1024" src="https://www.sleep-like-a-pillow.com/wp-content/uploads/2023/08/F2mdRNZawAAR2Pm-1024x1024.jpeg" alt="" class="wp-image-7031" srcset="https://www.sleep-like-a-pillow.com/wp-content/uploads/2023/08/F2mdRNZawAAR2Pm-1024x1024.jpeg 1024w, https://www.sleep-like-a-pillow.com/wp-content/uploads/2023/08/F2mdRNZawAAR2Pm-300x300.jpeg 300w, https://www.sleep-like-a-pillow.com/wp-content/uploads/2023/08/F2mdRNZawAAR2Pm-150x150.jpeg 150w, https://www.sleep-like-a-pillow.com/wp-content/uploads/2023/08/F2mdRNZawAAR2Pm-768x768.jpeg 768w, https://www.sleep-like-a-pillow.com/wp-content/uploads/2023/08/F2mdRNZawAAR2Pm-1536x1536.jpeg 1536w, https://www.sleep-like-a-pillow.com/wp-content/uploads/2023/08/F2mdRNZawAAR2Pm.jpeg 2048w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>
</div>



<div class="wp-block-column">
<p><strong>UNCIVILIZED GIRLS MEMORY – HEAVEN</strong></p>



<p>□ レーベル：[…]dotsmark<br>□ 品番：OOO-50<br>□ 仕様：CD / Digital<br>□ 価格：¥2,200（税込）<br>□ リリース：2023/10/18</p>



<p>□ トラックリスト：<br>1. Incubator<br>2. Ode to the angels embryo<br>3. エス<br>4. Raven<br>5. R0G0B255<br>6. Etude for heaven<br>7. Reserved death<br>8. Cadenza<br>9. Heaven<br>10. ex.Heaven</p>



<p>＊スマートリンク：<br><a href="https://ultravybe.lnk.to/UCGM-HEAVEN" target="_blank" rel="noreferrer noopener">https://ultravybe.lnk.to/UCGM-HEAVEN</a></p>
</div>
</div>



<h4>■ Event</h4>



<p>“Marks in Heaven”<br>UCGM “HEAVEN” release event</p>



<p>2023/10/14 (sat)<br>新大久保earthdom</p>



<p>[act]<br>UNCIVILIZED GIRLS MEMORY<br>MERZBOW<br>moreru<br>SLUG<br>VITO FOCCACIO<br>Wolf Creek</p>



<p>[DJ]<br>CHIRO</p>



<p>[shop]<br>SLAVEARTS<br>CUI_TUI-Ediscs&amp;tapes</p>



<p>[ticket]<br>ADV ¥2,800 / DOOR ¥3,300</p>



<p>＊予約：<br><a rel="noreferrer noopener" href="https://tiget.net/events/263658" target="_blank">https://tiget.net/events/263658</a></p>



<p>＊物販にてUCGM『HEAVEN』CD先行販売</p>



<div class="wp-block-columns">
<div class="wp-block-column">
<figure class="wp-block-image size-large"><img loading="lazy" width="723" height="1024" src="https://www.sleep-like-a-pillow.com/wp-content/uploads/2023/10/F7Wx5UGbkAAnNxk-723x1024.jpeg" alt="" class="wp-image-7378" srcset="https://www.sleep-like-a-pillow.com/wp-content/uploads/2023/10/F7Wx5UGbkAAnNxk-723x1024.jpeg 723w, https://www.sleep-like-a-pillow.com/wp-content/uploads/2023/10/F7Wx5UGbkAAnNxk-212x300.jpeg 212w, https://www.sleep-like-a-pillow.com/wp-content/uploads/2023/10/F7Wx5UGbkAAnNxk-768x1088.jpeg 768w, https://www.sleep-like-a-pillow.com/wp-content/uploads/2023/10/F7Wx5UGbkAAnNxk-1085x1536.jpeg 1085w, https://www.sleep-like-a-pillow.com/wp-content/uploads/2023/10/F7Wx5UGbkAAnNxk.jpeg 1446w" sizes="(max-width: 723px) 100vw, 723px" /></figure>
</div>



<div class="wp-block-column">
<figure class="wp-block-image size-large"><img loading="lazy" width="724" height="1024" src="https://www.sleep-like-a-pillow.com/wp-content/uploads/2023/10/F7zjFIHbkAAbbO5-724x1024.jpeg" alt="" class="wp-image-7379" srcset="https://www.sleep-like-a-pillow.com/wp-content/uploads/2023/10/F7zjFIHbkAAbbO5-724x1024.jpeg 724w, https://www.sleep-like-a-pillow.com/wp-content/uploads/2023/10/F7zjFIHbkAAbbO5-212x300.jpeg 212w, https://www.sleep-like-a-pillow.com/wp-content/uploads/2023/10/F7zjFIHbkAAbbO5-768x1086.jpeg 768w, https://www.sleep-like-a-pillow.com/wp-content/uploads/2023/10/F7zjFIHbkAAbbO5.jpeg 1077w" sizes="(max-width: 724px) 100vw, 724px" /></figure>
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<p></p>
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		<item>
		<title>Review // Mammoth Weed Wizard Bastard &#8211; The Harvest（2022）</title>
		<link>https://www.sleep-like-a-pillow.com/mammoth-weed-wizard-bastard-the-harvest/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[鴉鷺]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 22 Apr 2022 17:36:31 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[Review]]></category>
		<category><![CDATA[Mammoth Weed Wizard Bastard]]></category>
		<category><![CDATA[New Heavy Sounds]]></category>
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					<description><![CDATA[Label &#8211; New Heavy SoundsRelease &#8211; 2022/03/25 UK・レクサムを拠点に据えるヘヴィー・シューゲイザー・バンドによる5thアルバム。近未来のサイバーパンク都市でオカルトの探求を続けるゴシック青年たちが集い、対岸を憧憬しつつ編み上げた異端のヘヴィー・シューゲイザー、というと彼らの音楽をイメージ出来るだろうか。 サイバーパンク・ディストピアンの世界に対する眼差しを伝えるオープニング・トラック「Oblok Magellana」がMWWBの作品世界を予見させる。そしてオカルト、ニュー・メタル、ポスト・フューチャー、もしくはサイバネティックな電子音楽、そしてシューゲイザーの高度な融合と溶解であるタイトル・トラック「The Harvest」で少なくとも筆者は心を奪われた。現代を生きる上で筆者も含めたある種の人々が抱え込む、明らかなディストピアである世界に対するアンチテーゼとしてのシューゲイザー、つまりまだ見ぬ、または不在の美しい「向こう側」を幻視し、美に奉仕する音楽という結晶体によるプロテストが完璧に演奏されているからだ。オカルティックなニュー・メタル・マナーの刻まれるリフとヘヴィなビートに華やかでゴスな美しい女性ヴォーカルとその和声が展開される優れた楽曲である。 そして、インターリュードである「Intersteller Wrecking」は彼らがダーク・アンビエントの潮流である近未来志向のアーティストたちを参照している事を伺わせる。 続く「Logic Bomb」もまた「The Harvest」以降の美しいゴシック・シューゲイザーだ。MWWBの音楽の特徴として、ゴシックで美しい質感を持ったヴォーカルを全面に押し出し、またそれも美しく展開された和声をトラックの中核に持ち込むことが挙げられる。古くはMy Bloody Valentine『Loveless』が提示した手法のモダナイズで、その優れた例として挙げられる。 高水準のシンセ・ウェイヴである「Betrayal」もまた美しく、アルバムは速度を上げ続け、最終曲である「Moon Rise」に辿り着く。 現代というディストピアにおけるゴシック青年たちのサイバーパンクとオカルトの探求はシューゲイザーというある種の彼岸に辿り着き、美しい結晶として受胎した。間違いなく2022年の秀盤であり、20年代のヘヴィー・シューゲイザーの中でも高い達成であるこのアルバムを今後も愛聴したい。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p class="has-text-align-center">Label &#8211; New Heavy Sounds<br>Release &#8211; 2022/03/25</p>



<p class="has-text-align-justify">UK・レクサムを拠点に据えるヘヴィー・シューゲイザー・バンドによる5thアルバム。近未来のサイバーパンク都市でオカルトの探求を続けるゴシック青年たちが集い、対岸を憧憬しつつ編み上げた異端のヘヴィー・シューゲイザー、というと彼らの音楽をイメージ出来るだろうか。</p>



<p class="has-text-align-justify">サイバーパンク・ディストピアンの世界に対する眼差しを伝えるオープニング・トラック「Oblok Magellana」がMWWBの作品世界を予見させる。そしてオカルト、ニュー・メタル、ポスト・フューチャー、もしくはサイバネティックな電子音楽、そしてシューゲイザーの高度な融合と溶解であるタイトル・トラック「The Harvest」で少なくとも筆者は心を奪われた。現代を生きる上で筆者も含めたある種の人々が抱え込む、明らかなディストピアである世界に対するアンチテーゼとしてのシューゲイザー、つまりまだ見ぬ、または不在の美しい「向こう側」を幻視し、美に奉仕する音楽という結晶体によるプロテストが完璧に演奏されているからだ。オカルティックなニュー・メタル・マナーの刻まれるリフとヘヴィなビートに華やかでゴスな美しい女性ヴォーカルとその和声が展開される優れた楽曲である。</p>



<p class="has-text-align-justify">そして、インターリュードである「Intersteller Wrecking」は彼らがダーク・アンビエントの潮流である近未来志向のアーティストたちを参照している事を伺わせる。</p>



<p class="has-text-align-justify">続く「Logic Bomb」もまた「The Harvest」以降の美しいゴシック・シューゲイザーだ。MWWBの音楽の特徴として、ゴシックで美しい質感を持ったヴォーカルを全面に押し出し、またそれも美しく展開された和声をトラックの中核に持ち込むことが挙げられる。古くはMy Bloody Valentine『Loveless』が提示した手法のモダナイズで、その優れた例として挙げられる。</p>



<p class="has-text-align-justify">高水準のシンセ・ウェイヴである「Betrayal」もまた美しく、アルバムは速度を上げ続け、最終曲である「Moon Rise」に辿り着く。</p>



<p class="has-text-align-justify">現代というディストピアにおけるゴシック青年たちのサイバーパンクとオカルトの探求はシューゲイザーというある種の彼岸に辿り着き、美しい結晶として受胎した。間違いなく2022年の秀盤であり、20年代のヘヴィー・シューゲイザーの中でも高い達成であるこのアルバムを今後も愛聴したい。</p>



<figure class="wp-block-embed is-type-rich is-provider-spotify wp-block-embed-spotify wp-embed-aspect-21-9 wp-has-aspect-ratio"><div class="wp-block-embed__wrapper">
<iframe loading="lazy" title="Spotify Embed: The Harvest" style="border-radius: 12px" width="100%" height="380" frameborder="0" allowfullscreen allow="autoplay; clipboard-write; encrypted-media; fullscreen; picture-in-picture" src="https://open.spotify.com/embed/album/1ctS55Z8IGbCgWvz9ymiPE?si=_RruIg_RTKKAdNaHyp9yIQ&#038;utm_source=oembed"></iframe>
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		<item>
		<title>Cross Review // My Bloody Valentine &#8211; Loveless（1991）</title>
		<link>https://www.sleep-like-a-pillow.com/my-bloody-valentine-loveless/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[Sleep like a pillow]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 03 Nov 2021 15:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[#loveless30th]]></category>
		<category><![CDATA[Cross Review]]></category>
		<category><![CDATA[Feature]]></category>
		<category><![CDATA[Review]]></category>
		<category><![CDATA[Creation Records]]></category>
		<category><![CDATA[My Bloody Valentine]]></category>
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					<description><![CDATA[1991年にリリースされたMy Bloody Valentineの2ndアルバム。ライター3名による、30周年を記念したクロスレビュー。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p>Label &#8211; Creation / Domino<br>Release &#8211; 1991/11/04</p>



<p class="has-text-align-justify">2021年11月4日、My Bloody Valentineが1991年にリリースした2ndアルバム『Loveless』が30周年を迎えた。これを記念し、弊メディアではライター陣三名によるクロスレビューを実施。後追い世代である我々だからこその視点を通し、それぞれの聴取体験や捉え方の相違などから、まだまだ語り尽くされていない『Loveless』における再確認／再発見を少しでも多く提供できれば幸いである。</p>



<p class="has-text-align-center">＊　＊　＊</p>



<h4>■ 鈴木レイヤ</h4>



<p class="has-text-align-justify">出会いは高校一年生の頃だった。バカげた休日の午後ですべきこともせず、中学から割にストイックに続けていた部活を突然に退部してだらだら生活していた時期だったので妙に間延びした時間ばかり流れていた。その日、家には誰もおらず自分はひとりでこたつに入り文字通り何もせず猫をずーっと眺めていた。動くのはその猫とTwitterのタイムラインだけだった、怠惰という単語におこがましいようなラベルの貼りようがない、特筆すべきことの全くない午後だった。カーテンを開け放ったままのリビングの窓、外で早い蝶が舞っていた。レース越しの絶妙な明るさの下で、出かけた家族の帰りを気にしながら何度か自慰をした。これが状況だった、その日は『m b v』の解禁日か何かだったのだろう、毎秒見ていたインターネットがざわついたので興味本位でYouTubeを開き、そのバンドの名盤、金字塔とされている作品を聴いたのだ。</p>



<p class="has-text-align-justify">音は文字通り枯れていた。iPhone 4sという当時にしては新型のスマートフォンとYouTubeが音楽に触れるツールだった。音量は最大にまで上げられていた、しかし響いた音は貧弱だった。イントロのスネアは四度叩かれた、今でこそ凶暴という言葉で理解しているあれはその日「パンパンパンパン」とかなり乾いていた。ヴォーカルをサンドペーパーが包んだような音楽が始まると乾きを無視し溶け渦巻いていた。窓の外では前述の通り蝶が飛んでいた、こたつの上には丸めたティッシュペーパーがいくつか乗っていた。自分は生の腹の上に薄っぺらなスピーカーをつけたiPhoneを乗せて、天井でゆっくり回るファンを眺めていた。ジャージを履いた下半身はこたつの中で火照っていた。つまりその経験はサイケデリックだった、環境のせいで本来突きあがるべき感動が存在せずどろどろした時間をその音楽はかき混ぜ続けていたのだ。</p>



<p class="has-text-align-justify">ダメなスピーカーで『Loveless』を聴いたことがある人には分かるかもしれない、あの音楽はサンドペーパーをまとっているにも関わらず、摩擦をゼロにする。そして、慣性を永遠にした。夢とは逆のことが起こっていた、音楽は僕を包むことはなくただ腹の上で小さくうごめいていた。僕にしちゃ何年振りでもなかったし、伝説のバンドでもなかった。おそらくイヤホンを付けたところでヴィレッジ・ヴァンガードで購入した2,000円のピンクの安物だったのでたいして変ることはなかっただろう。初めて聴いた時『Loveless』を外から眺めたのはむしろ良い経験だったのかもしれない。シューゲイズという言葉は知らず、My Bloody Valentineに対する畏怖も持っていなかったそんな人がぼろくそのスピーカーで聴けば音同士が潰しあって、ジャージャーシャーウゥーンと聴こえるのみに過ぎない。自ずと浮かび上がる大まかな音の形に安心を感じた、輪郭に線を引くことの出来ないあの形に覚えた感覚は今でも説明の出来るものではない。</p>



<p class="has-text-align-justify">トレモロのせいか午睡の間近で戸惑う自分の瞼の裏は動いていた。あの日僕はそのまま昼寝になったのだろうか？ 夢とは逆だ、終わりを覚えていることは出来ない。覚えられることのない時間にも『Loveless』は含まれていただろうか？</p>



<p class="has-text-align-justify">今でも、それぞれのギターが身を捩っているようなバランスで寄ったり離れたりしていくのを聴くと奇妙な感覚に陥る。後半へ差し掛かるに連れて粒立ちと繰り返しの予測がきくようになるのは覚醒しそうでしないものだ。酒、麻薬と同じで自分が正当な判断を下していると自信過剰になっているだけ。『Loveless』をぐるぐると回っていると、とろくさい者同士の人間関係のように苛立ちやもどかしさをまず覚える、しかしやがて安楽も知っていく。このアルバムは正しいものに見える、また帰るべきだった場所に来たような気持ちになるのだから──しかし同時に居心地悪くもある、断りなしにおかしなところを撫でてくるからだ、快感であるか否かは問題ではない。これは正義やらそういう判別しやすいものでは決してなく、何者にも影響しない存在だ。肯定でも否定でもなくただisnessだけを提示するような、受け入れもせず突き放しもせず、また受け入れ突き放しながら、存在を承認してくれるものだ。我々が生きていた中で無意識に存在を取り消した感性を『Loveless』は含んでおり、人は必ずそれに向き合い開き直り、愛し直さざるを得ない。</p>



<p class="has-text-align-center">＊　＊　＊</p>



<h4>■ 鴉鷺</h4>



<p class="has-text-align-justify">1991年、幻想郷への開かれた扉としての音楽であり、ギター・ノイズへの革新的なアプローチであり、定型化したロックを変貌させる劇薬であり、不幸にもロックに内在しつつあったマチズモの解体であり、後の多様な傍流の先駆けである作品がリリースされた。</p>



<p class="has-text-align-justify">印象的なスネアの連打の後、まず耳に飛び込んでくるのは美しい、今までのどんな作品にも似ていない強烈なギター・ノイズである。「Only Shallow」を最初に聴いたリスナーが覚える未聴感はシューゲイザーのある種の共通した体験として挙げられるだろう。幾重にも多重録音された強靭なギターと天上のヴォーカルはCocteau Twinsの諸作を想起させつつ全く新しい音響で、その二つのパートが表出させた固有の幻想性はシューゲイザーという音楽、強く言えばカルチャーの核を成す重要な要素として捉えられる。ヴォーカルの対位法的な旋律も重要で、（そもそもロックに限らず重要な技法ではあるが）My Bloody Valentine的なヴォーカルの和声の用い方は重要な手法として普及している。</p>



<p class="has-text-align-justify">「Loomer」で聴き取れるのは、ストーンしたパンク・ロックのような前のめりに突き進む展開と、全曲に通底するエンジェリックなヴォーカルだ。全曲を通して最もヘヴィーなギターが響き渡る中で展開されるエセリアルなヴォーカル、という展開は後のヘヴィー・シューゲイザーの先駆けと言え、同時にMy Bloody ValentineがRamonesやBuzzcocksを筆頭とするパンクロックから多大な影響を受けたことの証明だろう。</p>



<p class="has-text-align-justify">間奏曲を挟み、アルバムの一つのピークである「To Here Know When」が始まる。徹底してヘヴィーで、ディレイとリヴァーブでアンビエント・ドローン化した特徴的なギターがこの曲の前衛性を定義している。その轟音が響く中でアルバムでも屈指の美しさのヴォーカルの旋律が展開されるこの曲は、後のLovesliescrushingやBuddhas On The Moonといったアンビエント・ドローン化したシューゲイザーの重要な参照元であり、『Loveless』という作品の中でも最も多幸感に満ちている。</p>



<p class="has-text-align-justify">「To Here Know When」を聴取する瞑想的な体験を打ち破るように、「When You Sleep」という至上の楽曲が始まる。前曲のドローン的な引き伸ばされた時間感覚が、この一曲でポップソングの瞬間の美学に塗り潰される。The Velvet Undergroundのような実験的ロック・バンド、もしくはLa Monte Youngのようなドローン・ミュージックからRamones直系のポップセンスを持ったパンク・ロックという彼らの系譜を思い起こさせる瞬間だ。明快で暗さを感じない、パンク・ロック直系のシンプルでアッパーなコードとピッチシフトされた象徴的なケヴィン・シールズのヴォーカルが印象に残らないリスナーは存在しないと思われる。それと同時に、My Bloody Valentineのパブリック・イメージに近い楽曲でもあるのではないだろうか。</p>



<p class="has-text-align-justify">ここから先のポップソングの美しい流れはシューゲイザー史のみならず、ロック・ミュージック、もしくはポピュラー・ミュージックの歴史に記述され続ける瞬間の連続だろう。「I Only Said」の気怠く優美な瞬間がエモーションの極点を連続的に記録する体験は間違いなく彼ら固有の作風だ。そしてスローな「Come In Alone」にも共通して表現される気怠さは、間違いなく前述したThe Velvet Undergroundの系譜、恐らくNicoに寄る所が大きい作風だろう。彼らのデビュー作である『This is Your Bloody Valentine』を聴くと、最初期はゴシックな要素があるガレージ・ロックが演奏されている。そこに明らかな当時のゴシック・ミュージック、恐らくポスト・パンク勢の影響を聴き取ることができ、その系譜、つまりヴェルヴェッツだけではなくそれ以降のNicoの作品群の影響を聴き取れる、と考えたくなるのは筆者のファン心理に寄るものだろうか。</p>



<p class="has-text-align-justify">鋭く歪み、潰れたノイズ・ギターの持続音と囁くようなケヴィン・シールズのヴォーカルが聴者に強い印象を残す「Sometimes」もヴェルヴェッツ以降の美しい達成と言えるだろう。ギターが軸となる持続するノイズはジョン・ケールのチェロのドローン感覚を思い起こさせるし、その上で旋律を展開するシンセサイザーは「Sunday Morning」の鉄琴のようだ。そしてケヴィン・シールズの、退廃的だが闇に沈み込まない倦怠したヴォーカルは、明らかにルー・リード以降であると筆者には聴こえる。</p>



<p class="has-text-align-justify">「To Here Know When」と並んで幻想的な「Blown A Wish」は、前者をポップ・ソングの文脈で再解釈、もしくは解体と再構築を行ったような優れて耽美な楽曲だ。弦の響きを僅かに残しながら持続し、美しいドローンを表現するギターとビリンダ・ブッチャーの作中でも秀でて鮮やかなヴォーカルの対位に魅了されたのは筆者だけではないだろう。音楽、ひいては芸術に美への信仰とそれ以降の美しさそれ自体への奉仕という要素があるなら、音楽史上でも際立って高い水準で達成したのがこの楽曲というのが（言い過ぎかもしれないが）筆者の見解と記しておく。</p>



<p class="has-text-align-justify">音楽は速度を上げ、「What You Want」というMy Bloody Valentineのパブリック・イメージをある意味で体現する、明快でキャッチーな楽曲に辿り着く。この楽曲の強靭なギターのサウンドは後の轟音シューゲイザーのバンド群にも継承され、もしくは参照されているだろう。ビリンダ・ブッチャーのコーラスとケヴィン・シールズの歌う主旋律の交錯が美しい。</p>



<p class="has-text-align-justify">そして最終曲の、作中で最も長尺であり同時にビートやリフレインの実験でもある「Soon」で、このアルバムは幕を閉じる。抑制が効いたイントロのギター・ノイズと打ち込まれたビートが、チェンソーのように空間を切り裂くギターに破られる瞬間を起点として、ヴォーカルの旋律に伴って感情が極点に導かれる体験は稀有なものだろう。その展開が徹底的にリフレインする、ある種のトリップの様であり瞑想の旅のようでもある体験が、それ以前のロック・ミュージックに存在したとは思えない。あるとしたらポップ・ソングの瞬間の美学やドローン・ミュージックの持続する瞑想的トリップに要素として存在したものと思われ、単純なパスティーシュの否定を経て、音楽の要素を断片の提示ではなく再解釈と構築を経た上での表現として成立させた彼らの手腕が伺える。</p>



<p class="has-text-align-justify">瞑想的ドローンや実験的ロック・ミュージック、オルタナティヴ・ロックやパンク・ロックの瞬間の美学、ビート・ミュージックのリズムやリフレインの実験を継承と再解釈、もしくは解体と再構築を行った上での音楽であり、定点に決して留まる事のない芸術的遊牧の音楽である『Loveless』が示した音楽上の達成はそれ以降のシューゲイザーの流れを生み、ある意味で決定付けた芸術至上の一つの到達点と言える。この不朽の名盤を今後も聴いていくのは実り多く充実した体験で、個人的な必然でもあるだろう。</p>



<p class="has-text-align-center">＊　＊　＊</p>



<h4>■ 對馬拓</h4>



<p class="has-text-align-justify">あえて言ってしまいたい、淡いワインレッドのジャケットを手に取ったのが運の尽きだった。盤を再生した途端、耳に打ち付けられるスネア。それは自分自身の中にあった旧来の価値観が瓦解へと向かうカウントであり、未知の享楽への扉をノックする音に他ならなかった。</p>



<p class="has-text-align-justify">いや、初めからポジティヴな感覚を見出せていた訳ではない。今だからこそ言えるが、最初の摂取は身体が生理的に拒んでしまった、というのが正しいかもしれない。理解の範疇を超えた音楽だった。「Only Shallow」のイントロの、津波のようにうねりながら押し寄せるあのサウンドが何の楽器から発せられているのか、当初はまるで見当がつかなかった。その後YouTubeに上がっていたMVを観ると、ギター、ドラム、ベースといった極めてオーソドックスなバンド編成で演奏しており、一層困惑させられた。何をどうしたら、こんな音が出るのだろうか……？</p>



<p class="has-text-align-justify">無理もない、MVでは体裁的に四人が演奏しており──まあ実際ライブでは四人が飛行機のエンジン並の轟音を黙々と放ち続ける訳だが──何の知識もなければ音源上も全員で奏でているように思えてしまう。しかし、「Only Shallow」だけではなく『Loveless』というアルバム自体が、実はケヴィン・シールズという天才による事実上のソロ・プロジェクトで、作品全体を覆うあの不可思議なサウンドはリヴァース・リヴァーブやサンプリングといった実験の集積であり、ギターが秘めるポテンシャルを限界まで押し広げた極北的なアルバムとして君臨している……などという事実は後に知ることで、当時の自分はただやり場のない、不快でもないが決して快楽でもない、曖昧な居心地の悪さが心臓の底の方に溜まっていく、そんな奇妙な感覚に支配されていた。</p>



<p class="has-text-align-justify">ところが、彼らが放つ強烈な磁場に抗うことなど不可能だった。貪るように何度も摂取するうち、『Loveless』を理解したタイミング、言うなれば享楽的な感覚を抱くようになった瞬間というものが確かに存在したはずなのだが、その境界すらも曖昧だったように思う。いつしか耳にこびりついたあの轟音をとにかく追体験したいという欲求を、とっくに抑えられなくなっていた。『Loveless』はそうやって聴覚から五感全体を侵食し、体内から揺さぶりをかけてくるアルバムであり、数多の人々の人生を狂わせた作品であることは周知の通りであろう。</p>



<p class="has-text-align-justify">当然、万人受けする類の音楽ではない。ある者はどこまでも耽溺し、一方で、ある者は完全に拒絶する。『Loveless』はその特異なサウンドで聴く者の評価を二分する作品でもある。一部ではミーム化し、海外のリスナーが「vacuum（＝掃除機）」などと揶揄するのを見かけたこともあった。正直、無理もないだろう。ただ、ケヴィン・シールズは「最初に自作したレコーディング音源、あれにメインで使った楽器は掃除機だったんだ」と最近のインタビューで語っている（別冊ele-king『マイ・ブラッディ・ヴァレンタインの世界』p.36より）。当時ケヴィンは11歳頃で、家にあった録音機での遊びだったという。それを知ってか知らずか、「vacuum」という表現は根源的な部分をある意味言い当てているのが何とも面白い。もちろん『Loveless』の轟音が掃除機そのものだ、などと言うつもりは微塵もないが、ケヴィンが幼少期からノイズ・ミュージック（的なもの）に対して、ある意味で美意識に近いものを見出していたことが垣間見える貴重な発言であることは間違いない。</p>



<p class="has-text-align-justify">ノイズは美しい。ケヴィン・シールズは、当時ほとんど崩壊しかけていたバンドをどうにか繋ぎ止めるかのように孤独な作業を続け、ついには『Loveless』を完成させ、そのことを圧倒的に証明してみせた。デビー・グッギは一切ベースを弾いておらず、コルム・オコーサクも体調が悪化しドラムを叩ける状態ではなく、「Touched」以外のドラムはケヴィンによる打ち込みがほとんどであり、ビリンダ・ブッチャーとケヴィンは私生活におけるパートナーとしては破局。さらにはスタジオのたらい回しや機材トラブル、エンジニアの不理解、レーベルとの確執──と文字通りラヴレスな状況。ケヴィンはそれでも何もかもを投げ出すことなく、持ち前の完璧主義的な気質を存分に発揮し、ロック・ミュージックにおける価値観をひっくり返した。ノイズは得体の知れない雑音、不快で排除されるべきものなどではなく、むしろ徹底的にコントロールすれば胎内に回帰するかのごとく夢幻の安寧をもたらし、陶酔的な芸術たらしめることが可能だという事実を、たった一枚のアルバムで、しかもほとんど一人で宣言してみせたのだ。余談だが、KrausやParannoulなど、今年新作をリリースしたソロ・シューゲイザー勢は、遡ればケヴィン・シールズの姿に重なる部分があるのではないか、と考えたりもする。</p>



<p class="has-text-align-justify">とにかく、そうしたある種のケヴィンの執念は、極東の島国に住む一介の大学生にも突き刺さった。一度身体が覚えてしまった「合法的な享楽」を手放す人間など、よほど禁欲的でない限り不可能に近いだろう。『Loveless』は未体験の感覚に満ち溢れていた。音楽に対して所謂「白昼夢」的なニュアンスを感じたのは「To Here Knows When」が初めてだった。前衛的でノイジーなサウンドの中にもポップ・センスを同居させられることに気づけたのは、「When You Sleep」や「I Only Said」の存在があったからだ。あんなに拒絶していたのに、今となっては「Come in Alone」のメロディーは涙が出るほど美しいと思う。『サ道』において、主人公の一人である蒸し男は「サウナは思考から感覚の世界に切り替わる」と持論を展開していたが、その文脈で言えば『Loveless』を通して得られる体験はまさにサウナ的であり、邪念としての思考を排除し、本能的な感覚を呼び起こす。そして、その度合いはダンサブルな「Soon」で頂点を迎えるのだ。自身における感覚のコペルニクス的転回、言うなれば音楽の受容態度におけるパラダイム・シフトは、間違いなく『Loveless』がもたらしてくれたものだった。</p>



<p class="has-text-align-justify">リリースから30年。1992年生まれの自分にとっては、当時のシーンや空気感、リスナーたちの反応などをリアルタイムで知ることは不可能だ。しかし、こうして自分の中で一向に鳴り止まない音楽として存在するに至り、また『Loveless』に影響を受けた音楽が生まれるのを今も次々と目撃している。それならば、この現象を可能な限り見届けたい、浮遊する感覚の海に身を任せ、永遠を漂っていたい、そう願う。</p>



<div style="height:20px" aria-hidden="true" class="wp-block-spacer"></div>



<figure class="wp-block-embed alignleft is-type-rich is-provider-spotify wp-block-embed-spotify wp-embed-aspect-21-9 wp-has-aspect-ratio"><div class="wp-block-embed__wrapper">
<iframe title="Spotify Embed: loveless" style="border-radius: 12px" width="100%" height="380" frameborder="0" allowfullscreen allow="autoplay; clipboard-write; encrypted-media; fullscreen; picture-in-picture" loading="lazy" src="https://open.spotify.com/embed/album/3USQKOw0se5pBNEndu82Rb?si=I6zIW8cjRu6vpnwPer7Yjg&#038;utm_source=oembed"></iframe>
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		<item>
		<title>Review // Slowdive &#8211; Just for a Day（1991）</title>
		<link>https://www.sleep-like-a-pillow.com/slowdive-just-for-a-day/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[對馬拓]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 01 Sep 2021 17:30:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[Review]]></category>
		<category><![CDATA[Creation Records]]></category>
		<category><![CDATA[Slowdive]]></category>
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					<description><![CDATA[1989年、英・レディングにて結成されたSlowdiveの記念すべき1stアルバム。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p>■ Label &#8211; Creation Records　<br>■ Release &#8211; 1991/09/02　</p>



<p class="has-text-align-justify">1989年、英・レディングにて結成されたSlowdiveの記念すべき1stアルバム。</p>



<p class="has-text-align-justify">Slowdiveの音楽を評する際に「寂寥感」という言葉がしばしば使われるが、『Just for a Day』はその原点にして完成形であろう。耳を埋め尽くすフィードバック・ノイズやレイヤード・ギターの耽美的な調べ、ニール・ハルステッドとレイチェル・ゴスウェルが織りなすコーラスの非凡な美しさ、淡々と、あるいは残酷に歩みを進めていくリズム・セクション。それらの節々に、えも言われぬ哀愁や寂寥、刹那的なものが宿っているのだ。</p>



<p class="has-text-align-justify">それもそのはず、まさに秋が訪れんとする9月初旬、このアルバムがそんなシーズナル・チェンジの隙間に落とされた事実をよもや偶然とは思うまい。</p>



<p class="has-text-align-justify">夏が置き忘れていった蝉の亡骸、栄えた緑が色を変え徐々に枯れゆく斜陽と退廃、鼻の奥を微かにくすぐる涼風の悪戯。「Catch the Breeze」などに代表される揺蕩うような音像は、過剰とも言えるセンチメンタリズムに焦がれたイメージを浮かべては空気中に溶かしていく。そもそもSlowdiveというバンド名はベースのニック・チャップリンが見た夢に出てきた言葉が由来であり、やがて醒めてしまう夢の夏とその残像に手を伸ばす虚しさ、相反して感ずる終わりゆくことへの心地良さ、それらがゆっくりと降下し、やがて消えゆくあたたかさ－－『Just for a Day』は夏／秋のグラデーション、夢／現のコントラストを、見事に重ね合わせる。そして、その幻夢的なヴィジョンは「The Sadman」で終焉を示唆し、「Primal」で一気にはじけ飛んでしまうのだ。いつしか夢想家は季節の循環に閉じ込められたかのように、このアルバムを繰り返し聴き続けることになるのだろう。</p>



<p>文＝對馬拓</p>



<figure class="wp-block-embed alignleft is-type-rich is-provider-spotify wp-block-embed-spotify wp-embed-aspect-21-9 wp-has-aspect-ratio"><div class="wp-block-embed__wrapper">
<iframe loading="lazy" title="Spotify Embed: Just For A Day" width="100%" height="380" style="[object Object]" frameborder="0" allowfullscreen allow="autoplay; clipboard-write; encrypted-media; fullscreen; picture-in-picture" src="https://open.spotify.com/embed/album/7761KE2C9rH1QO9WAE1Ysb?si=iW_AIEGNS6KuqSc50pLdPg&#038;dl_branch=1&#038;utm_source=oembed"></iframe>
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		<item>
		<title>Wednesday &#8211; Twin Plagues（2021）</title>
		<link>https://www.sleep-like-a-pillow.com/wednesday-twin-plagues/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[對馬拓]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 24 Aug 2021 12:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[Review]]></category>
		<category><![CDATA[Orindal Records]]></category>
		<category><![CDATA[Wednesday]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://www.sleep-like-a-pillow.com/?p=3831</guid>

					<description><![CDATA[米ノースカロライナ州アシュビルを拠点に活動する5人組シューゲイザー・バンド、Wednesdayの最新アルバム。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p>■ Label &#8211; Orindal Records　<br>■ Release &#8211; 2021/08/13　</p>



<p class="has-text-align-justify">米ノースカロライナ州アシュビルを拠点に活動する5人組シューゲイザー・バンド、Wednesdayの最新アルバム。</p>



<p class="has-text-align-justify">2020年にリリースされた1stアルバム『I Was Trying to Describe You to Someone』では「Bollboard」「Love Has No Pride (Condemned)」に代表されるように、スロウコアやグランジ、シューゲイザーなどの要素を、インディー・ロック経由のポップセンスで織り交ぜたサウンドを提示した彼ら。近年で言えばMoontypeやGold Cageの壮大なサウンドを想起させ、あどけなさが残るヴォーカルはSnail Mailとも共振する、ノスタルジーに満ちた音像をこの時点で既に確立していた。</p>



<p class="has-text-align-justify">今作はそれらの要素を残しながらもさらに踏み込み…いや、大いに飛躍し、よりヘヴィー・シューゲイズに接近した印象の内容。冒頭の二曲「Twin Plagues」「Handsome Man」はまさにその象徴であり、歪みまくったファジーなサウンドを放つ。ざらついたギターが揺らぐグランジ・シューゲイズ「One More Last One」も中盤の見せ場だ。そして、それらの要素を一手に引き受けたかのような「Three Sisters」のダウナーな疾走感で、拍手を送るしかなくなる。気づけば12曲34分、あっという間だ。実に潔い。</p>



<figure class="wp-block-embed is-type-video is-provider-youtube wp-block-embed-youtube wp-embed-aspect-16-9 wp-has-aspect-ratio"><div class="wp-block-embed__wrapper">
<iframe loading="lazy" title="&quot;Handsome Man&quot;  - Wednesday" width="640" height="360" src="https://www.youtube.com/embed/aYFNfLR9y_E?feature=oembed" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture" allowfullscreen></iframe>
</div></figure>



<p class="has-text-align-justify">ところで、Wednesdayの<a href="https://wednesdayband.bandcamp.com/" target="_blank" rel="noreferrer noopener">bandcamp</a>を訪れると「country-gaze」なるタグが設定されているが、覗いてみるとほとんど彼らしかその見慣れないジャンルを名乗っていない。なるほど、カントリーがアメリカ南部発祥で、南東部に位置するノースカロライナが彼らの拠点ということを踏まえれば、彼らにとってカントリーは幼い頃から触れている身近な音楽なのかもしれない。何を隠そう、それこそカントリーでよく使用されるラップ・スティール・ギター（水平に置いて演奏するギター）を操るメンバーが在籍しているくらいだ。彼らが鳴らすノスタルジーの根源は、グランジやインディー・ロックというよりは、むしろカントリー的なマインドに由来するものなのかもしれない。とにかく、細分化するシューゲイズ・シーンの中でも、彼らは特異なアイデンティティを持った存在のバンドだと言えるだろう。</p>



<p class="has-text-align-justify">ジャケットにはペシャンコになった廃車が積み上げられているが、世の中の具合も、残念ながらちょうどこんな感じだ。ただ、そこに佇んで斜に構えるヴォーカルのKarly Hartzmanの頼もしさと言ったら。Wednesdayが放つ渾身の轟音があれば、僕らだって案外へっちゃらかもしれない。Wolf Aliceの『Blue Weekend』もそうだったように。</p>



<p>文＝對馬拓</p>



<figure class="wp-block-embed alignleft is-type-rich is-provider-spotify wp-block-embed-spotify wp-embed-aspect-21-9 wp-has-aspect-ratio"><div class="wp-block-embed__wrapper">
<iframe loading="lazy" title="Spotify Embed: Twin Plagues" width="100%" height="380" style="[object Object]" frameborder="0" allowfullscreen allow="autoplay; clipboard-write; encrypted-media; fullscreen; picture-in-picture" src="https://open.spotify.com/embed/album/2VSj2CXqLfJt3nhqeEDMgW?si=yIOakN9KTNy02-4LNj4VQw&#038;dl_branch=1&#038;utm_source=oembed"></iframe>
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		<item>
		<title>sonhos tomam conta &#8211; wired（2021）</title>
		<link>https://www.sleep-like-a-pillow.com/sonhos-tomam-conta-wired/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[鴉鷺]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 12 Jun 2021 12:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[Review]]></category>
		<category><![CDATA[Longinus Recordings]]></category>
		<category><![CDATA[sonhos tomam conta]]></category>
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					<description><![CDATA[ブラジルのサンパウロを拠点に活動する宅録シューゲイザー・バンド、sonhos tomam contaによる1stフルアルバム。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p class="has-text-align-left">■ Label &#8211; Longinus Recordings　<br>■ Release &#8211; 2021/03/23　</p>



<p class="has-text-align-justify">ブラジルのサンパウロを拠点に活動する宅録シューゲイザー・バンド、sonhos tomam contaによる1stフルアルバム。評価の高い韓国産シューゲイザーであるParannoulと同じ、Longinus Recordingsからのリリース。</p>



<p class="has-text-align-justify">アルバムの導入「antes de dormir（＝直訳：寝る前）」における美しいデモンストレーションの後、「o ar nos meus pulmoes（＝直訳：肺の中の空気）」を聴いて、このアルバムが名作だと確信した。シューゲイザー的な浮遊感とブラストビートやデスヴォイスといったブラックゲイズ要素の混成であるこの曲が、インターネットを拠点とする音楽マニアのリスニング遍歴が伺える豊潤で複雑なバックボーンを感じさせたからだ。</p>



<p class="has-text-align-justify">本作は、自身のメンタルヘルスの問題を吐き出す近年のへヴィー・シューゲイザーの潮流、例えばNothingやSore Eyelidsと共振するリリックを抱え、シューゲイザーやブラックゲイズのマニアだけでなく広いリスナーにアプローチするポピュラリティを秘めている。ポップネスが際立った旋律やサウンドを展開し、ソフィスティケートされたブラックゲイズとして聴かせている点が大きく、リリックで打ち明ける心情も美しい。</p>



<p class="has-text-align-justify">また、Longinus Recordingsからのリリースにも頷ける、ParannoulやAsian Glowに通じるインターネットとの親和性を踏まえれば、この作品も一つの青春を捉えたドキュメンタリーとしての美しい結晶を成す。もっといえば、ポスト・インターネット的な要素、つまりインターネットへの没入以降における身体性の希薄化があり、それがシューゲイザーの浮遊感や幻想性と交錯し、ストレンジで美しい色彩を放つ。事実として、まずジャケットがserial experiments lainの主人公である岩倉玲音の眼であり、『wired』というタイトルも同作中のインターネット空間である「ワイヤード」から採られている。メンバーのTwitterも、岩倉玲音とヴェイパーウェイヴのアーティストである2814の名盤『新しい日の誕生』のコラージュがアイコンなのだ。ある意味でヴェイパーウェイヴと共振するインターネット・カルチャー以降の音楽としても捉えられ、「Voidgazer」が示す虚無はインターネットが内包するそれを表すのだろう。</p>



<p class="has-text-align-justify">音響空間を満たす二進数のエーテルを聴取する私たちはワイヤード、つまり現実とインターネットの境界が崩れた、美しく奇妙な世界へといざなわれる。その導き手であるこのシューゲイザーに没入した聴者がこの作品を忘却することはないだろう。</p>



<p>文＝鴉鷺</p>



<figure class="wp-block-embed alignleft is-type-rich is-provider-spotify wp-block-embed-spotify wp-embed-aspect-21-9 wp-has-aspect-ratio"><div class="wp-block-embed__wrapper">
<iframe loading="lazy" title="Spotify Embed: wierd" width="100%" height="380" allowtransparency="true" frameborder="0" allow="encrypted-media" src="https://open.spotify.com/embed/album/72v7bQ3BOybilXAhKn8Lpi?si=Zy_OF30MSGa-bkgLEOOmCA&#038;dl_branch=1"></iframe>
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		<title>Mazeppa &#8211; Mazeppa（2021）</title>
		<link>https://www.sleep-like-a-pillow.com/mazeppa-mazeppa/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[對馬拓]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 22 Apr 2021 11:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[Review]]></category>
		<category><![CDATA[Mazeppa]]></category>
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					<description><![CDATA[イスラエルのハイファを拠点に活動するMazeppaの1stアルバム。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p>■ Label &#8211; Self Released　<br>■ Release &#8211; 2021/02/10　</p>



<p class="has-text-align-justify">イスラエルのハイファを拠点に活動するMazeppaの1stアルバム。彼女たちを「フィメール・ヴォーカルの四人組」以外の言葉で形容するのはいささか難しい。この作品に溶け込んだエッセンスを注意深く抽出すると、彼女たちの音楽的素養の豊かさに驚く結果となるからだ。</p>



<p class="has-text-align-justify">その事実は、冒頭の「Arms」を聴けばすぐに垣間見ることができる。イントロを飾る繊細かつサイケデリックなレイヤード・ギターはシューゲイズ的だが、終盤で加速するテンポと鋭いシャウトはポストパンクに由来するものだろう。その後も、エキゾチックな音像と流麗で呪術的なヴォーカルが印象的な「The Way In」、ピアノに乗せたポエトリーリーディングで幕を開ける「Sunset」、ダブ〜レゲエの要素を感じる「Solitude」など、次々と表情を変えていく。アルバム全体を俯瞰しても、壮大な曲展開を志向する様はプログレ的であり、耽美的なアートワークが示すドリーミーなムードは4ADのバンド群とも共鳴する。知れば知るほど、実に多角的な視点が用意されたアルバムだ。鏡の壁で構築された迷路のようでもある。</p>



<figure class="wp-block-embed aligncenter is-type-video is-provider-youtube wp-block-embed-youtube wp-embed-aspect-16-9 wp-has-aspect-ratio"><div class="wp-block-embed__wrapper">
<iframe loading="lazy" title="Mazeppa - The Way In [Official Music Video]" width="640" height="360" src="https://www.youtube.com/embed/D1dLwv5lDO0?feature=oembed" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture" allowfullscreen></iframe>
</div></figure>



<p class="has-text-align-justify">本作の深部に触れるためには、オーストリアの詩人であるライナー・マリア・リルケの存在を考慮する必要がある。<a href="https://mazeppa.bandcamp.com/album/mazeppa" target="_blank" rel="noreferrer noopener">bandcamp</a>の説明文によれば、ヴォーカル／ギターのMichal Pérez Noyはリルケの詩にインスパイアされており、彼の詩を元とした楽曲を制作するためにバンドを始めたという。事実、アルバムの歌詞にはリルケの名前がクレジットされており、「Mazeppa」というバンド名も彼の「Strom」という作品に登場する英雄（どうやら実在したらしい）の名前が由来となっている。「The Way In」のMVで図書館（のような場所）が登場するのも、そういった文学的背景を踏まえれば自然なものだろう。</p>



<p class="has-text-align-justify">つまり、Mazeppaの多様な音楽性は、物語を聴覚的に表現しようとしたところに大きく起因しているのだ。プログレッシヴな曲展開や、ジャンルレスで縦横無尽ともいえるスタイルに至ったのは、ごく自然な流れだったと推察する。そして特筆すべきは、一見すると点と点に思えるそれらの音楽的要素も、Mazeppaの手にかかれば線で繋がり、形容しがたくも美しい模様を描く、ということだ。放たれた音の光線は鏡の迷宮で乱反射を繰り返しながら、複雑な形を浮かび上がらせる。その様は、覗く角度によって異なる表情を見せる万華鏡さながらである。</p>



<p>文＝對馬拓</p>



<figure class="wp-block-embed alignleft is-type-rich is-provider-spotify wp-block-embed-spotify wp-embed-aspect-21-9 wp-has-aspect-ratio"><div class="wp-block-embed__wrapper">
<iframe loading="lazy" title="Spotify Embed: Mazeppa" width="100%" height="380" allowtransparency="true" frameborder="0" allow="encrypted-media" src="https://open.spotify.com/embed/album/3KBfourttcibLpWcGBLYRS?si=CmHk9fmTS7mUGfn-zLrZ_w"></iframe>
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		<item>
		<title>Review // スピッツ &#8211; スピッツ（1991）</title>
		<link>https://www.sleep-like-a-pillow.com/spitz-spitz/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[對馬拓]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 25 Mar 2021 03:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[Review]]></category>
		<category><![CDATA[Polydor]]></category>
		<category><![CDATA[スピッツ]]></category>
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					<description><![CDATA[Label &#8211; ポリドールRelease &#8211; 1991/03/25 同日、デビューシングル『ヒバリのこころ』と共にリリースされた、スピッツの記念すべき1stアルバム。 草野マサムネは元々パンク・バンドで活動しており、スピッツ結成後もTHE BLUE HEARTSの影響下にある音楽性を引きずっていたが、当時出演していた渋谷ラ・ママのスタッフの助言により方向転換。草野がアコースティック・ギターを持ったことで徐々に知名度を上げ、メジャーデビューへと繋がった。しかし、彼らのパンキッシュな精神は別の形で表出している。 スピッツの楽曲の歌詞は、特に初期においては「死」と「セックス」をテーマとしたものが大多数を占めており、本作はその源流といえる。直接的な例を少し挙げるだけでも、“ おなかのうぶ毛に口づけたのも”（「ニノウデの世界」）、“ 空色のナイフを手に持って／真赤な血の海をとび越えて来たんだよ”（「ビー玉」）、“ 死神が遊ぶ岬で／やせこけた鳥達に会おうか”（「死神の岬へ」）“殺してしまえばいいとも思ったけれど／君に似た／夏の魔物に会いたかった”（「夏の魔物」）といった具合だ。キャリアを重ねるごとに歌詞の方向性は様々な広がりを見せていくが（とはいえ草野が持つ思想の根幹は、おそらくそれほど変化していない）、当時のスピッツは死生観と性的衝動をぐちゃぐちゃにかき混ぜて濃縮したような、猛暑に脳がやられて幻視した夏の桃源郷のような、明らかに危険で蠱惑的な香りを放っていた。 しかし、スピッツはそんなどろどろの詞世界（あるいは私世界、もしくは死世界）を、秀逸なメロディセンスと透明感溢れるイノセントなヴォーカルで紡ぎ、あろうことかポップソングとして成立させた。彼らが末恐ろしいのは、まさにここだ。違和感なく聴かせるナチュラルな譜割と、隠喩が過剰なほど多用され、文字列をじっくり眺めても難解な歌詞が、その事実にさらなる拍車をかけているのも厄介極まりない。美味しそうなグミかと思って口に運んだら、実は毒を持った意味不明な虫なのである。 もちろん、このアルバムにはシューゲイザーの精神もしっかりと息づいており、そのことは「1991年」という数字が如実に物語っている。前年、Rideの1stアルバム『Nowhere』がリリースされた当時のUKにおいて、シューゲイザーは黄金期を迎えようとしていた。『スピッツ』と同年の11月にMy Bloody Valentineが『Loveless』をリリースしたのも周知の通りだ。この事実を踏まえると、本作で鳴らされる歪んだギターサウンドやネオアコ調のアレンジ、後に「ロビンソン」のヒットで彼らのアイデンティティにもなった流麗なアルペジオなどは、シューゲイザーやその周辺のギターポップの文脈で捉えることができるだろう。また、スピッツのほぼ全てのアルバムに貫かれた「ジャケットにアーティスト写真を使用しない」という意向がCreation Recordsのバンド群に倣ったものであり、それが本作から意識されたという点も看過できない。 そんなアルバムが、リリースから30年を迎えた。90年代以降におけるJ-POP史の異形として、そしてスピッツの紛れもない原点として、当時を知らないリスナーにも脈々と聴き継がれ、いつまでも不敵な輝きを放っていくことだろう。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p class="has-text-align-center"><span class="fz-12px">Label &#8211; ポリドール<br>Release &#8211; 1991/03/25</span></p>



<p class="has-text-align-justify">同日、デビューシングル『ヒバリのこころ』と共にリリースされた、スピッツの記念すべき1stアルバム。</p>



<p class="has-text-align-justify">草野マサムネは元々パンク・バンドで活動しており、スピッツ結成後もTHE BLUE HEARTSの影響下にある音楽性を引きずっていたが、当時出演していた渋谷ラ・ママのスタッフの助言により方向転換。草野がアコースティック・ギターを持ったことで徐々に知名度を上げ、メジャーデビューへと繋がった。しかし、彼らのパンキッシュな精神は別の形で表出している。</p>



<p class="has-text-align-justify">スピッツの楽曲の歌詞は、特に初期においては「死」と「セックス」をテーマとしたものが大多数を占めており、本作はその源流といえる。直接的な例を少し挙げるだけでも、<strong><em>“ おなかのうぶ毛に口づけたのも”</em></strong>（「ニノウデの世界」）、<strong><em>“ 空色のナイフを手に持って／真赤な血の海をとび越えて来たんだよ”</em></strong>（「ビー玉」）、<em><strong>“ 死神が遊ぶ岬で／やせこけた鳥達に会おうか”</strong></em>（「死神の岬へ」）<em><strong>“殺してしまえばいいとも思ったけれど／君に似た／夏の魔物に会いたかった”</strong></em>（「夏の魔物」）といった具合だ。キャリアを重ねるごとに歌詞の方向性は様々な広がりを見せていくが（とはいえ草野が持つ思想の根幹は、おそらくそれほど変化していない）、当時のスピッツは死生観と性的衝動をぐちゃぐちゃにかき混ぜて濃縮したような、猛暑に脳がやられて幻視した夏の桃源郷のような、明らかに危険で蠱惑的な香りを放っていた。</p>



<p class="has-text-align-justify">しかし、スピッツはそんなどろどろの詞世界（あるいは私世界、もしくは死世界）を、秀逸なメロディセンスと透明感溢れるイノセントなヴォーカルで紡ぎ、あろうことかポップソングとして成立させた。彼らが末恐ろしいのは、まさにここだ。違和感なく聴かせるナチュラルな譜割と、隠喩が過剰なほど多用され、文字列をじっくり眺めても難解な歌詞が、その事実にさらなる拍車をかけているのも厄介極まりない。美味しそうなグミかと思って口に運んだら、実は毒を持った意味不明な虫なのである。</p>



<p class="has-text-align-justify">もちろん、このアルバムにはシューゲイザーの精神もしっかりと息づいており、そのことは「1991年」という数字が如実に物語っている。前年、Rideの1stアルバム『Nowhere』がリリースされた当時のUKにおいて、シューゲイザーは黄金期を迎えようとしていた。『スピッツ』と同年の11月にMy Bloody Valentineが『Loveless』をリリースしたのも周知の通りだ。この事実を踏まえると、本作で鳴らされる歪んだギターサウンドやネオアコ調のアレンジ、後に「ロビンソン」のヒットで彼らのアイデンティティにもなった流麗なアルペジオなどは、シューゲイザーやその周辺のギターポップの文脈で捉えることができるだろう。また、スピッツのほぼ全てのアルバムに貫かれた「ジャケットにアーティスト写真を使用しない」という意向がCreation Recordsのバンド群に倣ったものであり、それが本作から意識されたという点も看過できない。</p>



<p class="has-text-align-justify">そんなアルバムが、リリースから30年を迎えた。90年代以降におけるJ-POP史の異形として、そしてスピッツの紛れもない原点として、当時を知らないリスナーにも脈々と聴き継がれ、いつまでも不敵な輝きを放っていくことだろう。</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
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		<item>
		<title>파란노을 (Parannoul) &#8211; To See the Next Part of the Dream（2021）</title>
		<link>https://www.sleep-like-a-pillow.com/parannoul-to-see-the-next-part-of-the-dream/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[鴉鷺]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 17 Mar 2021 11:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[Review]]></category>
		<category><![CDATA[Longinus Recordings]]></category>
		<category><![CDATA[Parannoul]]></category>
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					<description><![CDATA[■ Label &#8211; Self Released / Longinus Recordings　■ Release &#8211; 2021/02/23　 いつものようにbandcampを徘徊し、ふと韓国の現行シューゲイザーが気になり 「Shoegaze＋Korea」で検索したのが今思うと幸運だったのだろう。現行シーンの代表格であるFOGの最新作の隣に、素朴とも取れるアニメ風のジャケットが目に留まった。事件的なリリースである、파란노을(Parannoul)の2ndアルバム『To See the Next Part of the Dream』だ。 まず一聴して耳に入ったのは、「何聴いてるの？」「リリイ・シュシュ。」という岩井俊二監督作品『リリイ・シュシュのすべて』の印象的な台詞のサンプリングだった。その時点である種の不穏さと「何故『リリイ・シュシュのすべて』なのか」という疑問が頭を巡ったが、それはMy Bloody Valentine「Only Shallow」へのオマージュであるドラムのフレーズと、残酷で甘い青春へのノスタルジアを掻き立てるようなピアノ、特に強い叙情を抱えたSunny Day Real Estateなど明らかにエモ直系のギター・ノイズを聴いて確信に変わった。このアーティストは『リリイ・シュシュのすべて』が表現するような、必ずしも晴れやかではない十代の鬱屈した感情や、だが同時にかけがえのない美しさ、いずれ失われてしまう一瞬の閃光のような青春の光芒を、音楽として、シューゲイザーとして結晶させたのだ。 bandcampの作者からのメッセージ欄に、夢と現実とのギャップを抱えて、心は少年のまま大人になり切れずに思春期を経て大人になったアーティスト自身について綴られているが、この文章が作品の在り方を端的に説明しているのだろう。その中で個人的にシンパシーを覚えたのは“This is an album about a person whose body is an adult but mind is still a child”というセンテンスだった。大人になっても青春に囚われ、思春期のマインドを捨てられない筆者のような人間にはどこまでも突き刺さる音楽で、そのような一部の層には強烈に響いて強い印象を残す音楽であろう。 全編を通じて、特に「변명 (Excuse)」のコード進行やフレーズ、ギター・ノイズの在り方を 聴くと、おそらく前述したように『Diary』期のSunny Day Real Estateの強い影響が感じられる。それと同時に「아름다운 세상 (Beautiful World)」のピアノの扱い方には近年のCopelandの影響を感じ取れる。bandcampの説明欄に“Just a student writing music in my bedroom”と記されているのを読むと、その通り宅録であり、恐らく一人で制作されていると思われる。その私的な創作の姿勢や作品が抱える過剰なエモーションを聴くと、独りで活動するハードコア・シューゲイズであるKrausや同じく個人での創作を行う日本のXinli Supremeと相通じるものがあるのではないだろうか。 シューゲイザーの個人による創作、エモ・シューゲイズ、思春期的な感情を抱えたサウンドトラック、ある種のエモという、どの観点から聴いても前人未到の到達点にあるこのアルバムは、その周辺の音楽を愛好している方は一度は聴くべきなのではないかと強くおすすめしたい。 それと同時に、前作『Let&#8217;s Walk on the Path of a&#8230;]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p>■ Label &#8211; Self Released / Longinus Recordings　<br>■ Release &#8211; 2021/02/23　</p>



<p>いつものようにbandcampを徘徊し、ふと韓国の現行シューゲイザーが気になり 「Shoegaze＋Korea」で検索したのが今思うと幸運だったのだろう。現行シーンの代表格であるFOGの最新作の隣に、素朴とも取れるアニメ風のジャケットが目に留まった。事件的なリリースである、파란노을(Parannoul)の2ndアルバム『To See the Next Part of the Dream』だ。</p>



<p>まず一聴して耳に入ったのは、「何聴いてるの？」「リリイ・シュシュ。」という岩井俊二監督作品『リリイ・シュシュのすべて』の印象的な台詞のサンプリングだった。その時点である種の不穏さと「何故『リリイ・シュシュのすべて』なのか」という疑問が頭を巡ったが、それはMy Bloody Valentine「Only Shallow」へのオマージュであるドラムのフレーズと、残酷で甘い青春へのノスタルジアを掻き立てるようなピアノ、特に強い叙情を抱えたSunny Day Real Estateなど明らかにエモ直系のギター・ノイズを聴いて確信に変わった。このアーティストは『リリイ・シュシュのすべて』が表現するような、必ずしも晴れやかではない十代の鬱屈した感情や、だが同時にかけがえのない美しさ、いずれ失われてしまう一瞬の閃光のような青春の光芒を、音楽として、シューゲイザーとして結晶させたのだ。</p>



<p>bandcampの作者からのメッセージ欄に、夢と現実とのギャップを抱えて、心は少年のまま大人になり切れずに思春期を経て大人になったアーティスト自身について綴られているが、この文章が作品の在り方を端的に説明しているのだろう。その中で個人的にシンパシーを覚えたのは<em><strong>“This is an album about a person whose body is an adult but mind is still a child”</strong></em>というセンテンスだった。大人になっても青春に囚われ、思春期のマインドを捨てられない筆者のような人間にはどこまでも突き刺さる音楽で、そのような一部の層には強烈に響いて強い印象を残す音楽であろう。</p>



<p>全編を通じて、特に「변명 (Excuse)」のコード進行やフレーズ、ギター・ノイズの在り方を 聴くと、おそらく前述したように『Diary』期のSunny Day Real Estateの強い影響が感じられる。それと同時に「아름다운 세상 (Beautiful World)」のピアノの扱い方には近年のCopelandの影響を感じ取れる。bandcampの説明欄に<strong><em>“Just a student writing music in my bedroom”</em></strong>と記されているのを読むと、その通り宅録であり、恐らく一人で制作されていると思われる。その私的な創作の姿勢や作品が抱える過剰なエモーションを聴くと、独りで活動するハードコア・シューゲイズであるKrausや同じく個人での創作を行う日本のXinli Supremeと相通じるものがあるのではないだろうか。</p>



<p>シューゲイザーの個人による創作、エモ・シューゲイズ、思春期的な感情を抱えたサウンドトラック、ある種のエモという、どの観点から聴いても前人未到の到達点にあるこのアルバムは、その周辺の音楽を愛好している方は一度は聴くべきなのではないかと強くおすすめしたい。 それと同時に、前作『Let&#8217;s Walk on the Path of a Blue Cat』も傾向としてよりシューゲイザーに寄った秀作で、こちらも合わせて聴かれるべきだ。</p>



<p>文＝鴉鷺</p>



<figure class="wp-block-embed alignleft is-type-rich is-provider-spotify wp-block-embed-spotify wp-embed-aspect-21-9 wp-has-aspect-ratio"><div class="wp-block-embed__wrapper">
<iframe loading="lazy" title="Spotify Embed: To See the Next Part of the Dream" width="100%" height="380" allowtransparency="true" frameborder="0" allow="encrypted-media" src="https://open.spotify.com/embed/album/0sLt9EsWnVZgJAO5Sp35YQ?si=QvOUY0VeSe-2wYEcgUWaTA"></iframe>
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		<item>
		<title>Soda Lilies &#8211; Sleep Reel（2017）</title>
		<link>https://www.sleep-like-a-pillow.com/soda-lilies-sleep-reel/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[對馬拓]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 11 Jan 2021 12:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[Review]]></category>
		<guid isPermaLink="false">http://www.sleep-like-a-pillow.com/?p=2551</guid>

					<description><![CDATA[■ Label &#8211; Self Released　■ Release &#8211; 2017/12/18　 アメリカ・テキサス州オースティンを拠点に活動するシューゲイザー・バンド、Soda Liliesの2ndアルバム。 ヨレヨレのローファイ・サウンドを歪ませたファジーな音像は、彼らが『Sunny Sundae Smile』期のMy Bloody Valentineがそのままシューゲイズ化した世界線にいることを示している。MBVのアウトテイク集だと言ってイヤホンを渡しても差し支えないクオリティだ。 オースティンといえば正統派シューゲイズ・サウンドで「ニューゲイザー」の筆頭格となったRingo Deathstarrの出身地でもあるが、それに比べSoda Liliesはよりシューゲイザーのプリミティブな部分を奏でる存在と言えよう。となれば、彼らのサウンドこそが真の意味で「シューゲイザー・リバイバル」と呼べるものなのかもしれない。 ちなみに、bandcampとサブスクリプションではジャケットが異なっており、ビリンダ・ブッチャーを思い出さずにはいられない後者の方が、作品が持つ意義のようなものを端的に感じ取れる。 文＝對馬拓]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p>■ Label &#8211; Self Released　<br>■ Release &#8211; 2017/12/18　</p>



<p class="has-text-align-justify">アメリカ・テキサス州オースティンを拠点に活動するシューゲイザー・バンド、Soda Liliesの2ndアルバム。</p>



<p class="has-text-align-justify">ヨレヨレのローファイ・サウンドを歪ませたファジーな音像は、彼らが『Sunny Sundae Smile』期のMy Bloody Valentineがそのままシューゲイズ化した世界線にいることを示している。MBVのアウトテイク集だと言ってイヤホンを渡しても差し支えないクオリティだ。</p>



<p class="has-text-align-justify">オースティンといえば正統派シューゲイズ・サウンドで「ニューゲイザー」の筆頭格となったRingo Deathstarrの出身地でもあるが、それに比べSoda Liliesはよりシューゲイザーのプリミティブな部分を奏でる存在と言えよう。となれば、彼らのサウンドこそが真の意味で「シューゲイザー・リバイバル」と呼べるものなのかもしれない。</p>



<p class="has-text-align-justify">ちなみに、bandcampとサブスクリプションではジャケットが異なっており、ビリンダ・ブッチャーを思い出さずにはいられない後者の方が、作品が持つ意義のようなものを端的に感じ取れる。</p>



<p>文＝對馬拓</p>



<figure class="wp-block-image size-large"><img loading="lazy" width="500" height="500" src="https://www.sleep-like-a-pillow.com/wp-content/uploads/2021/01/810IAfdHp-L._SS500_.jpg" alt="" class="wp-image-2873" srcset="https://www.sleep-like-a-pillow.com/wp-content/uploads/2021/01/810IAfdHp-L._SS500_.jpg 500w, https://www.sleep-like-a-pillow.com/wp-content/uploads/2021/01/810IAfdHp-L._SS500_-300x300.jpg 300w, https://www.sleep-like-a-pillow.com/wp-content/uploads/2021/01/810IAfdHp-L._SS500_-150x150.jpg 150w, https://www.sleep-like-a-pillow.com/wp-content/uploads/2021/01/810IAfdHp-L._SS500_-100x100.jpg 100w" sizes="(max-width: 500px) 100vw, 500px" /><figcaption><em>サブスクリプションでの『Sleep Reel』アートワーク</em></figcaption></figure>



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