受胎、涜神、そして自浄へ/Autumn’s Grey Solaceについての所感

Column

text:aro
edit:osushitabeiko

0. はじめに

この記事では、活動の総体を通じて反時代的かつゴシックであり、エセリアルなシューゲイザー/ドリームポップを展開したAutumn’s Grey Solaceについて書き連ねていく。主要な作品についてのレビューを綴り、彼らの音楽性の変化を描出し、その上で通底する審美眼、または根底にある感性を表出させていきたい。

1. 受胎と黎明--『Within the Depths of a Darkened Forest』

彼らの1stアルバムに当たる作品。それ以降の作品と比較するとアコースティックな感触、言い方を変えればある種のフォークに隣接した音楽性で、あえて現時点での最終作『Divinian』と比較するなら、イノセンスや純朴さを感じる作品になっている。未熟というよりは原型であり、これ以降の作品でも感じるゴシックな少女性や、おそらくエセリアル・ウェイヴ勢(Black Tapes for a Blue GIrlやLyciaなど)の影響、神聖さへの憧憬も既に漂わせていて、後の傑作群に繋がる原石としての輝きを感じる。

もちろん、この作品も名盤として評価されるにふさわしいアルバムだろう。その後の作品についての宣言のような「Forgotten, Fossilized, Archaic」--意訳すると「忘却され、化石となり、古代に向かう」というタイトルは、全ディスコグラフィーを貫くゴシックなアナクロニズムを想起させつつ、例えば琥珀の結晶化のような、古代と現代の距離にある美しさを同時に思わせる。それは、この1stアルバムを貫く感覚であり、同時に以降の作品を貫く美学ともいえる。

Within the Depths of a Darkened Forest(2002)

Self Released
2002/10/09

2. シューゲイザーへの明確な志向--『Over the Ocean』

2ndアルバムであり、エセリアル・ウェイヴとシューゲイザーの折衷、言い方を変えれば、ゴシックでドリームポップ的な作風から、エレキギターを前面に押し出してシューゲイザーに舵を切った以降のディスコグラフィーを辿る上で重要な作品。エンジェリックというには語弊がある、明らかにゴシック精神を湛えた堕天使的なヴォーカルは既に完成されており、同時に明らかなソングライティングの向上も聴き取れ、現在のゴシックなシューゲイザーと比較しても全く遜色のない作品といえる。

1stから大きく変化したのは、滅びや闇を求める心性、琥珀が結晶するような永い時間への憧れから、天体への志向が生まれた所だろうか。タイトルが示唆する「A Brighter Light」、直截的なラブソングに「New Dawn」と名づける感性、表題曲の「Over the Ocean」にそれが強く表れているのだろう。

Over the Ocean(2004)

Projekt
2004/06/08

3. 振り払われた闇--『Riverine』

この3rdアルバムで、彼らは1stアルバム収録の「Within the Depths of a Darkened Forest」という楽曲が示唆するダークな心性や、エセリアル・ウェイヴが抱える涜神、微かに旧作に聴き取れたアゴニーから脱却し、明るく開けた境地に辿り着いた。楽曲の持つドラマ性は飛躍し、元々抱えていた神聖さへの志向が強く伺える音楽性に至ったといえる。見方を変えれば、現在のドリームポップへと接近し、厭世から遠く離れてポップな音楽性を獲得したとも捉えられるだろう。ある意味で特に親しみやすい作品を挙げるなら、間違いなくこの3rdアルバムで、個人的に愛聴している作品でもある。

Riverine(2005)

Projekt
2005/05/31

4. シューゲイザーとしての完成--『Shades of Grey』

前作で暗さを振り払った彼らは、4thアルバムで完全にシューゲイザー路線、それもMy Bloody Valentineを思わせる直球の轟音シューゲイザーに舵を切ることになる。それは、アルバム屈指の名曲である「Cold Sea」「Angel of Light」で炸裂するギターノイズを聴けば明らかだろう。「Hidden」では後のBeach Houseのようなヴォーカルが展開され、その後に続く楽曲も時代背景を考えると現在のCaptured Tracks的な、あまり歪まないギターを主軸に置いたインディーロック的なシューゲイザーの先駆といえる。

アトモスフェリックでゴスな音響の構築や、特に「Cold Sea」のゴシックメタルと隣接するようなサウンドは、筆者の知る範囲だと全く類を見ないもので、これだけ独創的で美しい音楽を展開するバンドがあまり広く評価されていない現状に憂いを感じてしまう。現在ゴシックなシューゲイザーを展開するバンドの方法に、例えばTearwaveのCranesを参照しつつ抑制されたノイズを押し出す手法、OddZooのメタルやEDMを取り込む方法、死んだ僕の彼女のへヴィー・ミュージックの参照やコンセプトの上で死へと接近する在り方などが挙げられるが、Autumn’s Grey Solaceが提示するのは、Cocteau Twinsやエセリアル・ウェイヴのバンド群が表現する天上的な音楽の、轟音を持った飛躍だろう。ゴシック・シューゲイザー史がもし存在するなら、このアルバムはその歴史の中で燦然と輝くマスターピースなのだ。

Shades of Grey(2006)

Projekt
2006/09/19

5. ゴシック・フォーク路線への回帰--『Eifelian』

フォークとの隣接、轟音シューゲイザー、ドリームポップという変化を経て、彼らはまたゴシック・フォークへと作風を回帰させた。まず、1曲目の「Archean Earth」は1stアルバムに近いサウンドのアコースティックギターを再び用いており、印象的なシタールの採用も聴き取れる。そこから伺えるのは、自分達の初期の作品を否定せずに受容し、さらに飛躍発展させるというバンドのディスコグラフィーに対する優れた姿勢だろう。エセリアルで美しいサウンドと同時に感じる時代やキリスト教に対する反骨精神は、このアルバムまでの作品に通底している。そして、既に述べた「Archean Earth」、屈指の名曲である「Unfamilier Spirits」に感じる、ゴシックで冒涜や攻撃性を孕んだサウンド、退廃的な在り方、キリスト教への反意といった要素は、今作が最後となる。

Eifelian(2011)

Projekt
2011/02/08

6. ある着地点としての幻想郷--『Divinian』

今作で、彼らはある種のニューエイジ的なシンセサイザーを導入し、ディスコグラフィーに通底する、しかし今まで前面に描かれてこなかった幻想の情景を提示するに至った。彼らの音楽には神聖な要素の探求という側面があり、その一つの結論/終着点、あるいは音楽的な極点がこのアルバムなのだろう。『Divinian』というタイトルも示唆するように、ルーツの一つであるCocteau Twinsへ回帰し、涜神やインモラル性から完全に離脱して一つの聖性の形を描くに至ったのだ。スローでホーリーなドリームポップとして優れており、ある種の宗教音楽との親和性や、現行のバンドとも劣らない現代的な感性は、今こそ評価されるべきなのではないだろうか。

Divinian(2012)

Projekt
2012/10/02

7. 天蓋への憧憬--後期ディスコグラフィーを代表する作品群

『Divinian』でCocteau Twins的なドリームポップへ回帰した彼らは、次のアルバム『Monajjfyllen』でより純化した方向、透明感と幻想性を強める作風に進化。神聖への憧憬の延長線として天体や宇宙が題材となり、サウンドはスペーシーな空間性を持ち始めた。実際に星座群の名前が楽曲のタイトルとして用いられている『Celestial Realms』は、後期の志向が一際強く現れたアルバムであり、同時に作品としても完成度が高い印象を受ける。それ以降の作品群も一貫したトーンを持ちつつどれも優れており、バンドとしての成熟や進化が伺えるものとなっている。

8. 終わりに

殻、落ちる空、化石、灰、傷、月蝕、光のない夜、天使、不壊のミューズ、永遠の光、光輪--など、歌詞や楽曲のタイトルをいくつか引用するだけでも、ゴシックでありつつ神聖さへの憧憬を同時に抱えたバンドの審美眼が伺え、そこにはある種の露悪趣味やグロテスクに向かうゴシックの流派とは趣が異なる、むしろ反する美学があり、光り輝く事物、端的に述べるとエセリアルと称されるような浄化や(必ずしも特定の宗教に寄らない)救済を求める心性があるのだろう。それは前述したように、エセリアル・ウェイヴ(Black Tapes for a Blue GirlやLyciaなど)と呼ばれるバンドの影響であり、その要素をシューゲイザーとクロスオーバーさせたAutumn’s Grey Solaceの独創性の一端といえる。

Erin Welton(Vo.)

それと同時に、彼らはTearwaveなどのゴシック性を前面に押し出すシューゲイザーの流派や、例えばFotoformなど一部のポストパンク文脈のバンドに強い影響を与えており、ゴシック・シューゲイザーのオリジネイターとしての在り方も見逃せない。ゴシックの王道を行く反時代精神や、神聖への憧憬を抱えつつインモラルな精神を提示する彼らの音楽は、最初期から現時点での最終作までトーンが一貫されており、その姿からは鷲巣繁男の詩篇や、押井守監督作『天使のたまご』で描かれる天使の化石のような、時間や時代から切り離された、風化とは無縁の美しさを感じる。それは、モードやトレンドを徹底的に否定する反時代精神というゴシックの心性が生んだ達成であり、彼らの美しい魂の、シューゲイザーとしての結晶化ともいえるだろう。優れた音楽が時代から乖離するのは必然だが、彼らの音楽は時間の経過による風化すら拒絶するのだ。

タイトルとURLをコピーしました